長編

□02.男同士の因縁
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ーー もう直鳴るであろうゴングの音にジム内の空気はピリピリしたものに変わりつつあった。


「た、鷹村さん…本当にスパーリングやるんですか?女の子を殴るなんてボクには出来ませんよぉ…」


「馬鹿、相手が女だと思って怯むな!全力で行け、分かったな?手加減なんざする事ァねぇ。お前なら勝てる、行ってこい!」


「は、はいぃ…!」


何やらブツブツ言い合っていた鷹村さんと幕之内。バシィッ!といい音を立てては幕之内の後押しをする鷹村さん。


「…人生初のセコンドか。それもお前のセコンドに付く日が来るなんてな。」


『…変な感じ、』


いつもとは違うセコンドに違和感を覚えるが、宮田が私のボクシングを見てくれている事がどこか嬉しく思えた。


「こっちの準備は出来てるぜ、いつでも始められる」


「こっちも準備は出来てますよ」


何故かセコンド同士で睨み合いを始める宮田と鷹村さん。幕之内はオドオドしっぱなしだ。


「が、頑張るぞ…!」


ーー カァァン!とジムに鳴り響いたゴング。キッと睨みつける様に幕之内を見据えれば一気にその懐へ潜り込む。


『男女の力の差があっても、キャリアの差をそれで埋められるかどうか…見せてもらおうじゃない!』


「っ…!」


距離を詰めた私に一瞬たじろいだその隙を狙ってジャブを繰り出す。


「女の癖になんて鋭いジャブを持ってやがる…このままじゃ一歩は手も足も出ねぇ…」


『そんな軽いガードじゃダメ。脇締めて、もう少し腕は低く!そうじゃないと前が見えないで…しょ!』


左グローブに私の右ストレートをぶつけ合う。すると見事に弾かれて宙に舞う幕之内の腕。


「ま、マズい…!」


私が再び放った右ストレートは見事に幕之内の顔面にクリーンヒット。その途端、響くのはレフリーである木村さんの声。


「ダウン!」


カウントを始める…幕之内は予想通り、カウント半ばで直ぐに立ち上がった。


『次は私に攻撃してみて』


「…はい!」


幕之内の目付きが変わる。彼が私の懐に潜り込んで来るのを待つ…どれだけ一発一発のパンチに重みがあるか、分かりきっている事だからこそ一発も当たる訳にはいかない。


「ワン・ツー…ワン・ツー…」


宮田戦で見たワン・ツーとは違いスピードも重みも更に増している。…なんて恐ろしい男だろうか。直に襲ってくるであろう右ストレートとのタイミングを合わせる…


「…!まさか、カウンターか…!?」


宮田の言う通り私の放ったカウンターは、幕之内に大きなダメージを与えた。そして木村さんがダウン!と声を上げればカウントを始める…が、簡単には倒れない幕之内は再びカウント半ばで立ち上がり、少し遅れてファイティングポーズを取る。


『流石、ボディはしっかり鍛えてあるね…』


正直こっちもヘロヘロだ。試合再開に足を一歩踏み出した瞬間、1R終了のゴングが鳴り響く。…1Rで終わらせるつもりだったのに。


『はぁ、…はぁ…』


少しの運動量でこれ程の汗をかく事は滅多に無い。肩で息をしながらドカッ、とコーナーに置かれた椅子に腰を落とす。


「お前がカウンターを使うなんて驚いたよ。流れは完全にコッチだ、最後はお前の得意技のジョルトブローでKO取って来いよ。」


『重いダメージは与えられないし…最後は右ストレートで決める。』


「結局、手加減してんじゃねえか…」


呆れた視線を送る宮田をよそに私は立ち上がるとファイティングポーズをとる。ーーカァァン!と2R目を知らせるゴングが鳴り響いた。


『これ以上、スパーを長引かせるつもりは無いから…このRは本気で行くよ…!』


私の言葉に応えるように激しく打ち合う音だけが響いている。…こんな重いパンチ、ガードし続けるなんて酷過ぎる…!コーナーで詰まる前に距離を取ってしまおうとした瞬間…思っていた以上のダメージで足がフラつく。


「一歩!今だ、行け!!」


マズい…!そう思うも時、既に遅し。気づけば「5、6…」とカウントをとる木村さんの声と、「何やってんだ、早く立てよ!」と声を荒げる宮田の声が聞こえてきて、ようやく自分がダウンしてしまった事に気づく。どうやら幕之内のアッパーをもろに食らってしまったらしい。


『っ…!』


「まだやれるか?」


ゼェゼェと肩で息をしながら立ち上がった後、木村さんの問いかけに首を縦に振ってはファイティングポーズをとる。足にダメージが残っている事を感じながら試合を再開した。


「…あと2回のダウンで勝てるんだ…絶対に、勝つんだ…!」


『そう簡単に勝たせてあげられないよ…!』


踏み込んでは私の懐に入り込む幕之内にワザとジャブを打たせ続ける。疲れ切った腕が一瞬だけ止まる。その一瞬を逃しはしない。



ーー 爽快に決まる右ストレート、宙に浮く幕之内。その瞬間、私は勝利を確信した…


『はぁ…は、ぁ…』


その場に立ち尽くし、もう限界だ…そう思った時、微かに試合終了を知らせるゴングの音が聞こえたが…



ーー それを最後に、私は意識を手放した。
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