長編
□02.男同士の因縁
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ーー あれから一ヶ月。
ノーライセンス同士とは思えない宮田 対 幕之内の試合を見せられて、ジム内は活気に満ちていた。
「名無しさん!!」
私の名前を呼ぶ祖父の声。年の割には…いや、歳を取ってるせいか熱血漢で声がデカイ。
『爺、そんなに大きな声で呼ばなくてもちゃんと聞こえてるよ。何か用?』
「1つ頼み事があってな、ワシが留守の間に一歩の相手を頼みたい。」
私が爺の代わりに幕之内のトレーナーをしろ、って事?あんな強烈なパンチをミット越しにといえ受けるなんて女の私には無理だ。
『嫌、って言ったら…?』
「ジム出禁じゃ。」
う…そ、それは困る。きっと爺は私の事を心配して人見知りを改善させる為にも私に幕之内の相手を頼んで来たんだろう。私からすればオブラートに包んでも迷惑な話だ。
『分かったよ、やればいいんでしょ。』
「一歩!」
「は、はい!」
手招きしては幕之内を呼ぶ爺とバタバタと駆け足でこちらへ来る幕之内。私の方を見ればニッコリと笑顔を向ける。
「いいか、一歩。ワシが留守の間、名無しさんにお前の相手を頼んでおる。名無しさんはお前と同じインファイターじゃ、しっかり学べ!」
「は、はい!よろしくお願いします…!」
『…足、引っ張らないでよね。』
冷たくする気なんて無いんだけど、素直になんかなれなくて、でも仲良くなりたくない訳じゃない。
「先ずは何をしたらいいのかな?」
『ロードワーク、ついてきて』
「う、うん!」
いつものペースで、いつもの道を走る。ふと気づけば何とかついてきてはいるものの既にバテている幕之内。
『……少し休憩しようか。』
「つ、疲れたぁ…!女の子なのに…こんなに、ペース…早いんだね…!流石、会長仕込みのお孫さんだなぁ、すごいや…」
河川敷の芝生にゴロンと寝転がった幕之内は肩で息をしながらそう私に声を掛けてくる。
『ロードワークを始めたばかりなのに今からそんなこと言ってたら最後までもたないよ。』
本当に辛いのはこれからだからね?と言うと一気に青ざめる幕之内。
「ひょっとして鴨川さんって会長より厳しかったりして…でもそんな事ないよね、鴨川さんはボクを助けてくれた優しい人だから!」
開き直ったかのように1人でブツブツと言えば満足そうにニコニコと笑っている。
『…変な奴。休憩終わり、行くよ』
※※※※※※※※※※※※※※※
ロードワークを終えてジムに戻り…
『次はミット打ちね、準備が出来たらリングに上がってて』
「はい!」
綿抜きミットを手に持ちリングに上がる。私に幕之内のミット受けが出来るんだろうか?宮田や青木村さんのミット受けなら何度もやった事があるが…宮田や青木村さんのパンチが弱い訳ではない、幕之内のパワーが別格なのだ。
「新人のミット受けか?」
『会長が留守の間だけね。代わる?』
「嫌だね、怪我しにいくようなもんだろ」
『そう思うなら代わって欲しいんだけど…』
私の事を心配しているのか、ただの嫌味を言いに来ただけなのか分からない宮田。こちらにヒラヒラと手を振る宮田の背をジトっとした目で睨んでみる。
「待たせてごめんね、準備出来たよ!」
そう言われて振り返るとグローブをつけた幕之内がニコニコ笑顔で立っていた。
『じゃあ先ずは試しで…ワンツーからの右ストレートやってみて』
「はい!…右、左…右、左…右!!」
『っ…!』
綿抜きミットをはめる左手にビリビリと、焼けるような痛みが走った。弾かれた左腕、地から離れた足…ロープに受け止められた私は唖然と幕之内を見上げる事しか出来なかった。
「ご、ごめん…!大丈夫!?」
慌てた様子で私へ駆け寄る幕之内。数秒ほど彼を見つめた後ハッと我に帰る。
『だ、大丈夫…』
「女のお前が一歩のミット受けなんて無理に決まってんだろぉ!女は男と違って"貧弱"なんだからよ」
へぇ…女は男と違って"貧弱"なんですか。そこまで言われて引くほど気弱な性格じゃありませんよ、鷹村さん。やってろうじゃないですか。
『…幕之内、ヘッドギア付けてきて』
「え…?」
私のいきなりの指示にキョトンとその場から動けない幕之内を見てもう一度、口を開く。
『スパーするから、ヘッドギア付けてきて』
「は、はい…!」
バタバタとリングを降りていく姿を横目で見送る。ザワつくジム内…そんな中、私を心配して声を掛けてくれる宮田。
「…やめた方がいいって止めても、やるんだろ?」
『絶対、やる。』
「宮田は名無しさんのセコンドに付け。オレ様は一歩のセコンドに付く!レフリーは…木村、お前がやれ!」
「へぇ…オレが鴨川のセコンドですか。」
「えぇ!?オレがレフリーすか!?」
どこか楽しそうに皆に指示を出す鷹村さん。私のセコンドを託された宮田とレフリーを命じられた木村さん、ジムメイトまでもが楽しそうな雰囲気でその様子を眺めている。
「女の意地ってやつを皆に見せてやれよ」
『任せといて。』
負けるもんか、絶対に ーー