長編
□02.男同士の因縁
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ある日…ーー ロードワーク帰りの鷹村さんがまたあの変な男の子を連れてきた。何を考えているのか鴨川ボクシングジムに入門志望らしい。
『どう見てもボクシング向きとは思えないんだけど…闘争心のカケラも感じられないし。』
「右を使う程の相手でもなさそうだな。」
『そうやって舐めてかかって痛い目に遭っても知らないからね?』
これから宮田とスパーリングをするらしい。勝敗は目に見えているが鷹村さんが連れてきたとなると、油断は出来ない。
「ええっと、ガードガード…」
「なんだよ、本当にド素人なんじゃねえかコイツ。ふざけやがって…」
宮田はそう言って距離を縮めるとボディに一発。痛みに堪らずガードを下ろしたところにガラ空きの顔面に向けて一発。この程度か…と思った矢先、意外にも少年は立ち上がった。
『へぇ…結構打たれ強いんだ…』
その後も同じようにボディからの顔面一発で宮田がダウンを取る。驚く事に、少年はまた立ち上がった。
「ま、まだ2回目だ…」
次はないだろう、半ば諦めたように試合を見つめていた。激しくボディに打ち込まれる宮田の拳。
「足を使えってんだ、足を!!」
鷹村さんのその一言を聞いて、少年はドタドタとリングを逃げ回る…が、足の速い宮田から逃げられる訳もない。
「あれだけ連打して倒せねぇとは、だらしねぇな宮田のヤツ。あの程度のパンチ力かよ」
あーあ…これであの少年も終わりか。これを聞けば負けず嫌いな宮田は間違いなく右を叩き込んでくるだろう。
「うるさいギャラリーだぜ!」
案の定…宮田は右を少年のボディに力一杯、叩き込んだ。
「う〜〜〜〜〜っ」
少年は声を上げると痛みを堪えて再びドタドタとリングを逃げ回る。
『う、嘘…?!こ、堪えた…!』
「このっ…これでどうだ!!」
もう一度、見事と言っていい程に少年のボディに入り込む宮田の右。それを食らっても尚、少年はリングを逃げ回り続ける。宮田がもう一発打とうとした瞬間ーー 勢いよくゴングが鳴り響いた。
「ちっ…」
『宮田、調子でも悪いの?随分とそのド素人くん相手に手を焼いてるみたいだけど。』
「…うるせえよ、直ぐに終わる。」
不機嫌そうに少年に向き合うと…その少年はファイティングポーズをとっていた。攻撃を仕掛けてこないと思っていた少年は可憐なジャブを披露する。
『いいジャブ持ってんじゃん…』
試合から目が離せない。ジャブ以外はからっきしかと思いきや宮田のガードを弾き飛ばす程の右ストレートを放ったのだ。
「ガラ空きだ、もう一発いけ!!」
少年が渾身の力で打った右は宮田の肩をかする。その瞬間ーー 2度目のゴングが鳴り響いた。
『うわ、惜しい…!今のが入ってれば面白かったのに…!』
「テメェどっちの味方なんだよ!」
『はは…ごめんって、』
宮田は恐らく次のラウンドで決めてくるだろう。開始のゴングが鳴った瞬間、少年はワンツーを使って宮田へ攻めていく。宮田はやけに大人しいが…何を狙ってるんだろうか…?
「覚えておくといい。ボクシングにはこんな倒し方もあるんだ」
そう言った宮田の右が少年の顎をかする。なるほど…顎の先を狙っていた訳か。脳が左右に振られて一時的な機能障害に陥る…つまり、意識はあるが体の動かない…
少年が訳の分からない声を上げたと思えば、そんな状態で震える足を無理やり使って立ち上がった。
『な、なんなのコイツ…』
あれだけのダメージを負っておきながら少年のパンチは死ぬことを知らない。
「た、倒れないぞ…」
痙攣する足を強引に抑え込んで堪える少年。宮田の表情から僅かにも"焦り"が見えた。
「こんなデタラメ認めてたまるか!意地でもこのラウンドで終わりにしてやる!」
めった打ちにされる少年…それでも倒れない。なんて打たれ強いんだろうか…
「ここヤロー!倒れろ!倒れろよ!」
痛々しい音がジム内に響く。見てるこっちがハラハラドキドキだ。
「い…いい加減にしやがれ!」
『か、カウンター…!』
「ヤバイ!行くな一歩、カウンターだ!』
時すでに遅し。宮田のカウンターは見事に少年の顔面にクリーンヒット。
「プ、プロボクサーに…なるん、だ…」
ーー 少年は途切れる声でそう言ってリングへ倒れた。