その他

□公安のオジ
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オジの苗字は大宰府で固定
スコチの苗字は唯川で仮定




大宰府那前という男をひとことで表すとしたら、という問いについて。周りの人間に投げ掛けてみると、各々が自由にこたえて言うことには『紳士』『ナイスミドル』『聖人』『ダンディー』等々。なかには『穴場っぽいオシャレなカフェで、一番奥にある窓際の席に足組んで座りながら、窓の外にある雑踏の眺めをたまに楽しんで、ストレートの紅茶飲みつつ英字新聞読んでそう』という、お前ひとことで返せって言っただろというような回答もあったが、まぁいい。

とどのつまり、何が言いたいかというと、彼は周りから見て、いわゆる“イケオジ”と呼ばれる人間だと言うことだった



『きみが風見くんだね。どうぞよろしく』
「はっ、本日より配属となりました、風見裕也であります」

新人とベテランの、初対面の挨拶
挨拶が行われているこの場所が警視庁の公安部という少々特殊な場であることを除けば、どこでだって見ることのできるありがちな風景だ。
俺、風見裕也と大宰府那前の出会いは、こんな感じで、どこぞの物語に見られるような劇的なものではなかったように思う。




第一印象は、いい匂いのする身綺麗な方、だった。

着衣していてもわかるスタイルのよさ
上等そうな深い色合いのスーツにはフケの1つも付いていない。
付けている腕時計だって、シンプルではあるが品があり彼によく似合っていた。

大宰府さんは、俺より頭ひとつ身長が低い
ああいや俺が平均と比べて高すぎるというだけで、大宰府さん自身は男性の平均身長よりも高いのだ、そこはくれぐれも勘違いしないように。
それで、それほどの身長差があると何が見えるか
そう、大宰府さんのつむじである。
頭皮のとの字も見えない
ふさふさだ
確か大宰府さんは俺の配属当初すでに40代後半であったのだ。俺の周りの40代後半というのははだいだいが体型を気にし寒くなっていくつむじ又は後退する生え際に悩んでいた気がするのだが。
だと言うのに大宰府さんときたら、スタイルは良いわつむじの頭皮は見えないわ額も言ってしまえば俺より狭いわ、なんなら白のメッシュかな?というくらいオシャレな白髪の生え方をしていた。彼はほんとに四捨五入して五十路なのだろうかと、今でも疑問に思っている。

(……あ、いい匂い)

そしてこれだ。
握手をしようと大宰府さんが右手を出す、その時微かに起こった風にのってふわりと漂ってきたのは、恐らく彼の使っている柔軟剤だろうか。爽やかでやさしい、石鹸の香りだった。
他の先輩方や同僚は大抵が煙草かコーヒーの匂いを漂わせていたので、何年か経った今でも、彼との挨拶のことはよく覚えている。





次の印象は純粋に、仕事のできる頼もしい方、だった。


「大宰府さん、例のグループの動向なのですが、」
『あぁ、それなら有力な情報が確かな筋から提供されてね。あと4分で君の端末に詳細を送れるから、確認してみてくれるかな』
「はい!ありがとうございます!」
『それと、望月くんに言って過去あのグループに関連した事件の調書の確認をさせてくれるかな。人間関係を重点的にと』
「了解です!」

彼自身が大量の仕事をスピーディーかつ丁寧にこなしているのは勿論だが、大宰府さんは、俺たちが何を聞いても的確に、分かりやすく説明し指示してくださる。

「大宰府さん、確認お願いします」
『……ん、大丈夫そうだ。風見くんの書類はいつも丁寧で見やすいねえ』
「きょ、恐縮です…」

何より、名前を呼んで褒めてもらえるのは嬉しい以外のなにものでもない。褒められた日には、皆いつも以上にやる気が出る気がするのだ。
大宰府さんは本来教師に向いているのだろう。




大宰府さんに任された調査の報告を終えて自分のデスクに戻ろうと踵をかえしたとき、ちょいちょいと袖を引かれた。振り向くと、大宰府さんの手には大きめの袋が2つ。

『風見くん、きみチョコレートは食べられる人かい?そうかよかった。昨日セールで沢山買ったは良いんだけどね、さすがに四十路でこの量はまずいかなって…みんなと一緒に食べておくれ』
「あ、ありがとうございます!」

皆に言って分けようと自分のデスクに戻ると、どうやら先程の会話は聞こえていたようで、大宰府さんからの差し入れだぞ!やったー!大宰府さん愛してるー!なんて浮かれまくっている。チョコレートが食べられるからではなく、“大宰府さんがくださった”ことに喜んでいるのだということは想像に難しくない。
……おい最後のやつちょっと来い


大宰府さんと親しくなるにつれ、彼の色々なことを知る機会にも恵まれた。
大宰府さんは英語以上にフランス語が堪能でいらっしゃるし、紅茶はストレートより砂糖とミルクをたっぷり入れて飲むのがお好きだ。付け合わせにケーキでも出されれば、表情には決して出さないものの内心では大変お喜びになるだろうということもすでに俺は知っている。
なんだそれ
かわいいが過ぎる。
慕うなと言う方が無理だ。


またある日のお昼時のことだ。

『風見くん今日は一人でお昼かい?僕もなんだ、寂しいからご一緒していいかな?よかった、今近くの公園で何かパフォーマンスショーをやってるみたいでね』

ひとりで観に行くには恥ずかしかったんだ、と眉尻を下げて自身の首のうしろを撫でる大宰府さん。同じ仕種を他の同性がやっていたとしたら、なよなよするなと心中で少々憤っていたかもしれないが、何故か大宰府さんなら許せた、寧ろきゅんとした。これが萌えか、とさえ思ったほどだ。

まさかそのあと、パフォーマンスショーを見に来ていた人の中に公安で追っている被疑者がいて、そのまま二人で捕物をすることになるなんて思ってもみなかったが。
まさか大宰府さんは奴が来ることを何らかの方法でご存じだったのでは?
そう聞いても彼はハハまさか、と爽やかに笑うだけで、答えてはくださらなかったが。







『風見さんって、大宰府さんと仲いいですよね』
「あぁ、新人の頃から何かと良くしてくださっていた。俺だけでなく、公安のほぼ全員大宰府さんに何かしらの恩はあるだろうな」

そして月日は流れ、こんな俺にも後輩と呼べる存在ができたわけだが、そいつが期待の星過ぎてやばい。
通称“黒の組織”と呼ばれ、世界中の警察組織から警戒され過去何人もの潜入捜査官が送り込まれたにも関わらず得られた情報はまさに雀の涙、全貌が計り知れない犯罪シンジケート。余程優れた人間でない限り、奴らの深層に生きて辿り着くのは不可能とさえ噂される。そんな恐ろしい組織へと潜入する潜入捜査官の候補として名が上がっているほど、唯川景光というのは優秀なやつだ。そんな唯川が言うには、唯川以上に頭が切れて腕っぷしも強いイケメンな同期が、警備企画課にいるらしい。
全く神様と言うやつは不公平が過ぎる。

『大宰府さん、遠目からでも周りから慕われてる感じわかりますもんね』
「彼が俺たちの上司で本当に良かったと思っているよ」

大宰府さんは頑張る若者が好きなのだと仰っていたし、唯川も大宰府さんとは親しくなりたいようだ。二人なら良好な関係を築けるだろう。

『風見くん…おや、取り込み中だったかな。昨日言ってたデータを渡したいのだけど』
「いえ、問題ありません」

噂をすればなんとやら、俺たちに話しかけ近づいてきたのは大宰府那前その人だった。

『君は、確か…?』

大宰府さんが俺の右隣にすいと目を向けると、目が合ったらしい唯川は突然ぴんと背筋を伸ばし、警察学校時代の教官をも凌ぐだろう、ピシリッという効果音でも聞こえてきそうな程完璧な敬礼をして見せた。そう言えばこの二人、サシで話をするのは初めてだった気がするな。

『じ、自分は先月より公安部へと配属されました、唯川景光であります!大宰府警部補のお噂はかねがね、』
『ハハ、変に畏まらなくてもかまわないよ。大宰府那前だ、よろしくね唯川くん』

大宰府さんと握手をする時、はっとした表情を浮かべる唯川。
わかる、大宰府さんいい匂いだよな。俺もそう思う。




──────────


唯川と、警備企画課から選出されたもう一人の捜査官が例の組織に潜入してからしばらく。優秀さを評価されたふたりは、組織内で幹部の証だと言う酒の名をコードネームとして与えられたらしい。
犯罪組織とはいえ、唯川たちの実力が正当に評価されているようで、喜ばしいかぎりだ。

『唯川くんの連絡係とうちの連絡係の連携がうまく行われていないみたいだね』

大宰府さんが自身のPCを見ながら呟いた言葉は、不穏なものだった。
つまりそれは唯川の潜入捜査が円滑に行えていない可能性があるということを意味していたからだ。

「な、唯川はそのこと知ってるんですか?」
『確証はできないが、って言う感じかな。唯川くん本人に落ち度はないみたいだからね』

ふうん、と画面を睨み付けながら何やら思案に耽っていたようすの大宰府さんだが、しばらくすると何か考えが纏まったのだろう、ご自身のPCの電源を落とし席をたつ。どこかへ行くようだ。

『ちょっとオジサン、真面目に働く子達にとって、不必要な壁を消して風通しの良い部署にしてこようかな』

少し上と話すことができたから僕は席を外すけど、風見くんはこのまま仕事を続けていてくれ。そう言ってデスクから離れて行く大宰府さんの背に、何か禍々しいものが見えた気がした。全然オジサンじゃないですよ、なんて軽口をたたける空気じゃなかった。






それから数日後、公安部含め何人かの警察組織の人間が家庭の事情だとかで辞めていったようだが、大宰府さんと何か関係があるのか、真相は定かでない。
ただ、今までより部署内の雰囲気が何故か良くなり、潜入捜査から引き上げてきた唯川がそれまで以上に大宰府さんに懐いて、大宰府さんも満更ではなさそうとだけ、言っておこう。



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