探偵たちと!

□「頭行かれたんですか?」
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「頭行かれたんですか?」

そう俺が問い掛けたときに見えた彼は、年不相応に幼い表情をしていた。

例えるならそう

きょとん。

である


―――――――――――――


季節は流れ2月後半

太陽が顔を出しているにもかかわらず空は低く雲は厚くどこまでも鈍色に染まっていた

地上を通り抜ける北から運ばれ冷えた風は吐かれたため息を白く濁らせて空間を漂ったのち儚く消えていく

休日と寒さのせいで行き交う人々をなくしたビル街は空の色を反射して灰色になっている

孤独に苛まれそうなそのなかを、俺はひとり歩いていた。

何故かって?

簡単なことだ

こんな心まで凍ってしまいそうな寒い日には、それを跳ね返したくなるだろう?

え、わからない?

つまり白くてふわふわ、ホクホクでアマアマな餡まんを食べたくなるだろう?

そう言うことだ。

ちなみに肉まんはご飯が欲しくなるからあまり買わないようにしてる。

「さっむ…」

そんな思いつきで外へ出てはみたが、やっぱり買いに出るには時間的にちょっと早すぎた。
だってまだ午前中だし
寒いのは当たり前だったな
出るためだけにめちゃくちゃに着込んだ俺がバカみてぇ
でも食べたくなったんだから、仕方無い
もう口は餡まんになっちまってるし
よし、今日は奮発して2個買おうそうしよう。
さっさと買ってさっさと帰ろう
そう思い俺はコンビニへと急いだ。

めっちゃ寒い

――――――――――


『ありがとうございましたー』

コンビニアルバイターのやけに高い声を背に受けながら、戦利品である餡まん2つが入ったビニール片手に考える。
さてこの餡まんをどこで食べるか。
すぐそこにある公園で食べれば餡まんはアツアツのままで美味しいかもしれないが、その代わり外気にさらされるわけだからまあ寒い。
風邪は引きたくない。
家に持って帰ってから食べれば暖房器具のおかげで寒くはないが、長時間の移動で餡まんは冷めて風味が半減してしまうだろうな。
どうせ食べるなら美味しいほうのが食べたい。
どっちにするべきか
あぁ、究極の選択

『早く決めないと冷めるぞ』
「だよなぁ。でもどうせ食べるならやっぱりベストな環境で食べた……ん?」





ちょっと待て
俺、今誰としゃべってたんだ?


ふいと聞き覚えのある声のした方を見てみれば、いつかのニューヨークで見たことのあるニット帽のお兄さんがいた。
あ、今日は黒くない
でも相変わらず目付きは鋭い
と言うか髪の毛が短い
え、髪の毛が短い
切ったんだ髪の毛…

「頭、行かれたんですか?」

そう俺が問い掛けたときに見えた彼は、恐らく予想外だった俺の返しに年不相応に幼い表情をしていた。

例えるならそう

きょとん。

である


その反応で俺はハッとした

やべ、日本語、間違えた……



「…餡まん1ついります?」

『…………いただこう』


俺は餡まん1つを犠牲にしながらも、さっきの質問を無かったことにした。



――――――――――――――


それからしばらく
コンビニ近くの公園では、先程突然の再会を果たした揃って目付きの鋭い男ふたりが1つのベンチに並んで座り、和やかな様子でモサモサと餡まんを食べていた。
ぶっちゃけかなりシュールである。
ちびっこがその公園に居ないことが幸いだ。

「どうしたんですか。オフですか」
『君に詳しくは言えんが、仕事だ………旨いなコレ』
「でしょう、でしょう」





あれだけ長かった髪の毛は、験直しが云々で最近になってからばっさりと切ってしまったらしい。
似合ってますよって言ったらありがとうって返してくれた。
それから、ちょっとだけ叱られた。
あの時に忠告したはずなのに、また黒ずくめの服を着ているなって言われたけど、余裕で忘れてたわそんなこと。
あの時は色々あってそれどころじゃなかったし。
正直に忘れてましたって言ったら、お兄さんにはだろうなって半笑いで返された。
解せぬ。
なんだかムカついたから、お兄さんの口元にアンコ付いてるの教えてやらないことにする。
知り合いに笑われて恥ずかしがればいいんだ。


『今日、バスに乗る予定はあるか』
「え?ないですけど……乗れば良いんですか?」
『逆だ。今日は君は、乗るのを止しといたほうがいい』
「……はぁ、わかりました」

食べ終わったタイミングで、お兄さんにバスに乗らないように言われた。
何か有るんだろうか。
そういえば、仕事だって言ってたな。
わざわざ日本に来るなんて、国際指名手配犯とかそんなかんじだろうか。
もしかしてお兄さん、今のんきに餡まん食べてる場合じゃないんじゃねーのか。
なんか悪いことしちまったかも。
早く撤退しよう。

「じゃ、餡まんも食べたし、俺帰ります。お仕事頑張ってくださいね。…えーと…」
『…赤井秀一だ』
「妙地那前です。じゃ、さよなら赤井さん」
『あぁ、餡まんご馳走様、那前くん』


今の今までお互いの名前を知らなかったことに気づいた俺たちは、去り際にやっと名乗り合うことができた。
すこし照れくさい。


なんだかすごく聞き覚えのある名を教えてくれたお兄さんは、穏やかな表情で俺を見送ってくれた。

口にアンコを付けたままで。


それにしても何故バスなんだろう。
バスのなかで捕物とかすんのかな。
酔いそう。


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――――――――――
――――――
―――



『えー速報です。本日午前、小仏トンネル付近で、バスジャック犯による都営バスの爆破が起きた模様です。今入ってきた情報では、犯人グループはすでに警察によって捕獲され、爆発による死者はおらず軽傷者が数名とのこと。犯人グループ3名は杯戸シティビル行きの都営バスに米花公園前で乗り込み――――――』


「……え」

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