「もう、この恋は終わらせてしまう方が良いかも知れない」
男との電話を切った後で、黎子はそう感じた。なんとなく空々しい会話が鼻についてきた。
しゃべっていて、話が長くなってきた時に、ふいに言葉を遮ったり、話す前に次の予定を話して段取りよく会話を終わらせようとしていたり、忙しいとか、疲れたとか……そんな愚痴や体調不調を相手に訴えだしたら――もう潮時なのだ。
わたしの声が聴きたくて掛けてきた電話ではなく。義務感みたいなものか、単なるご機嫌伺いでしかないのだから。

――別れたって構わない。

そう黎子は思っていた。旬は過ぎた、この恋はもう枯れようとしている。芳しい香りが残っている内に別れた方がきれいな想い出のままで終われる。

愛とか恋とか……そんな言葉を無防備に信じられるほど、自分は若くはないのだと黎子は分かっていた。永遠の愛とか、至上の愛とか、そう思えたのは一時の錯覚でしかなく、恋愛とは、ふたりでするのではなく、心の中でひとりでするもの……かも知れないとさえ思えてきた。
詩人の黎子は生きた言葉が欲しくて、男の心をいろいろと弄るのだ。そこから溢れ出た言葉のエナジーを吸収し、インスパイアして詩作をしている。
まるで、吸血鬼カミーラのような女なのだ。

詩人は嘘付き、そして妄想家――。
しょせん他人の言葉など信じていないし、彼女は自分の妄想を真実として人に伝える。何よりも自分の世界を愛しているのだ。小さな内なる宇宙へ、そこには彼女自身を形成する全ての記憶と創作のイマジネーション、そしてパッションがあるのだ。
もっとも詩人のコアな部分、そして自己愛に凝り固まった本性が隠れているのだから……他人には決して覗かれたくない。要するに、それが詩人の魂なのだ。

――かつて、恋愛詩を書きまくっていた黎子自身が「恋愛」を一番信じていない。

もう、「恋愛」などという欺瞞に満ちた言葉は要らない。
信じれば傷つく、信じられなければ悲しい、そんな曖昧な感情で心を掻き乱すのはもうお終いにしたい。愛してくれなくてもいいから、自分を理解して欲しい――男に望むのは、ただ、それだけ。
「恋愛」はチューインガムみたいに甘い時に噛んで、味が無くなったら吐き棄てればいい。――それでいいんだ。
そう黎子の心の中で結論付けた時、手に持っていた携帯がチカチカ点滅して鳴り出した、それはメールの着信音だった。
画面を開くと先ほどの男から、

『黎子愛している』

――気恥かしい言葉が書いてある。

さっき電話を切る時、黎子の声が不機嫌そうだったので、それを気にしてリップサービスのようだが、彼なりに女に対する執着があるのだろう。
わざわざ嘘を上書きしてきた、そんな男のけなげさが可愛いと笑みが零れた。また、そのメールを『保存』する黎子もまた愚かな女に違いない。

男の精一杯の嘘を疑うのはもう止めよう。死ぬまでバレない嘘を男がついてくれるなら、黎子もまた死ぬまで騙された振りをしていたい――嘘でも信じ続けていれば、それは真実に近づくだろう。

――それこそが至上の愛だと、そう黎子は思った。



【 嘘と男と着信メール 】

男が嘘をついた

嘘だと分かっていて
わたしは騙されたふりをする
嘘だと言ったら
瞬間に
嘘が本当の嘘になってしまうから
すべてを失いそうで
怖くて
わたしはそれを言えない

男には何度も騙されてきた

彼の言う
「愛してる」はすべて嘘だった
わたしの心の傷に
「愛してる」という言葉を
絆創膏みたいに
ペッタンペッタン貼り付ければ
愛されているような
錯覚に
わたしは陥った
剥がせば傷口から血が流れるから
とても剥がせない

愛なんか
永遠でもなく 至上ではなく
ただの気まぐれな風だった

携帯に着信メールが届く

ピカピカ点滅して
わたしの携帯が反応する
男のメールを開いてみたら
それは昨日の嘘を上書きしただけの
無意味な言葉ばかりだった
いつも削除のボタンを押そうとして
結局
消さずに取って置くのだ

嘘 嘘 嘘 すべて嘘なのに――

愛は
与えるものでもなく 
奪うものでもなく
ただ信じる心だけで繋がっている
実体のない 不確実なもの
わたしは
真実なんか知りたくない
知った瞬間に
孤独な自分を知ってしまうから
お人好しのままで嗤っていたい

だから
嘘ついてもいいんです
嘘には真実を隠す優しさがあるから

その優しさに縋って わたしは生きていける
――と、きっとそう思う



― おわり ―












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