小噺
□再燃
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僕の初恋は少女漫画や陳腐な恋愛ドラマのように甘くなく。ただ、ひたすらに苦くて辛いだけだった。今でもふと思い出すと胸の奥がじくじく痛みだす。兄弟から暗いだの、闇抱えてるだの言われる僕にもそんな時代があったわけだ。
恋したのは高校2年生の時、そいつとの出会いはありきたりすぎるけどクラスが同じで始めての席が隣だったこと。松野の兄弟の中で5人の名前はさらっと出てきても、あと一人誰だっけ?と言われて結局、最後まで出て来ないのが僕の名前だってくらいに僕の知名度は低かった。
「松野なに松君?」
そんなバカみたいな、何百回とされてきた質問にマスク越しに聞こえるように舌打ちして睨み付けた。どうせ聞いても忘れるだろすぐに。第一印象は最悪でそれなのに、そのバカは聞こえてないと考えたのか肩を叩いて、僕の顔を覗き混みながら
「おーい!自己紹介しよーぜ!」
なんて言うんだ。だいぶん変な奴、僕はその時すごく機嫌が悪かったからずっと無視してたのに、そいつは名前をさっさと名乗って“今日は天気が良いな”やら“こんな日は昼寝したくなるよな”とか話すんだ。ずっと一人で喋ってて、人ってこんなに独り言が呟けるのかと感心したものだ。
先生が来て朝のホームルームが始まる前に少し気になって聞いてみた。
「……一人でしゃべってて楽しいわけ?」
僕はたぶんそいつの不愉快な顔が見たかったんだ。こいつも僕に話し掛けてるのは、一人でポツンとしてる僕に同情して“良いことをした”なんて思いたいクソ野郎だって言う、持論を肯定したいためにこんな聞き方をした。
「えっ?だって松野、俺の話聞いてただろ」
「はぁ?」
「天気が良いねって言ったら横目で空を見てたし」
「なっ……」
図星だった。こいつの話は全部聞いてた、心の中で話に対して罵倒してたけど。なにも言葉が出てこない僕に構わずにそのバカは
「で、名前は?」
「……一松」
思考もショートしていた僕は普通に名前を答えてしまった。死にたい。その日は新学年1日目だったので早く終わって助かった。ずっと暇さえあれば話し掛けてくるし。第一印象はうざいだった
次の日僕が学校にいくとそいつは皆に囲まれてた。まぁ、そうか。あの性格なら誰にでも好かれるし、むしろ僕に構う方がおかしいくらいだ。心が急激に冷えていくのを感じた。やっぱりね、お前もそっちがわの人間だよね。
「おはよう一松!」
「えっ……あ、おはよ」
「今日はなんか良いことあったの?」
「はぁ?なんで」
「なんか嬉しそうだから」
図星だよ。お前があの集団より僕を選んだことに優越感を抱いてる。こいつに自分の感情が露呈しているのは不愉快でもあり、心地よくもあった。
「バカじゃないの、名前が話し掛けてきたのに嬉しいわけないじゃん」
「一松、俺の名前知ってたんだ!」
「昨日、自分で名乗ってたでしょ」
自然に話せてる自分にびっくりした。いつも、こんなにすらすら出てこないのに口からは普通に言葉が出てくる。こいつといるとペースが乱れる。
「お前、マジでなんなんだよ……」
「一松の友達かな?」
「認知しないから」
「マジかよ!!こんだけ話したら友達だろ!認知しろよ」
「うるさっ」
「ひどっ!」
楽しいかもしれない。純粋にそう思うのは久しぶりだ。自分でも単純だと思う。こんなに簡単に絆されるなんて。
「ねぇ、なんで僕に構うの」
ぽろりと出た言葉に心臓がバクバク音を立てた。間違えた、聞くはずじゃなかった。そんな事、聞いて傷つくのは僕に決まってるのに。聞こえてなかった事を願ったのにそんな都合よくはいかず名前はバカ正直に答えた
「んー友達だからかな、いや、さっき認知してくれなかったし……あぁ!俺が一松と話したいからだ!」
へらへら笑って、僕が一番苦手な人種のはずなのに。その笑顔に目が離せない。
「バカな奴」
その一言にまた、ひどっ!っと名前は笑った