書 庫

□笑顔
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僕が戦士ウラヌスとして覚醒してから間もなく二ヶ月が経とうとしていた。

破滅の幻影から目を逸らし、逃げ続けていた日々にピリオドを打った灼熱のあの日。

僕は光り輝く蒼のリップロッドを自らの意志で手にしたのだった。

―後悔はしていない。

ようやく自分の運命を素直に受け入れられたのは、紛れもなく彼女"海王みちる"の存在があったからだ。

僕よりも先にネプチューンとしての運命を受け入れ、たった一人で孤独に戦ってきた彼女。

船上パーティーで対峙した際は、課せられた宿命の一切を拒絶していた僕に対し、

「勝手な事言わないで…私だってごめんだわ。私にはヴァイオリニストになるって夢があるのに。世界を破滅から救うなんて馬鹿馬鹿しい事やってられないわ!」

強い眼差しでそう言い切った彼女。

それにも関わらず、彼女は身を挺して怪物と化した少年から僕を庇い、深い傷を負ったのだ。

自分の夢を未来をも犠牲にして…

身も心も傷付きながら涙ながらに、

「…殺していたかもしれない。ううん、次はきっと殺すわ。平気な訳じゃないの。でも私は戦士だから。これを選んじゃったから…」

一体何れ程の葛藤と苦しみがあったのだろうか?

胸が傷むのと同時に僕は彼女の強さと優しさを目の辺りにし、何故か酷く懐かしさを感じていた。


―僕は彼女を知っている。


ぼんやりとだが、僕の中で何かが弾け、ゆっくりとそれは確実に動き始めた。

彼女の事を理解出来るのは、この世界に僕しかいない。

そして僕の事を理解してくれるのも、また彼女しかいない。

―ならば彼女と共に生きていこう、共に生きなくては。

僕は心を決めた。












金曜日。二日間続いた中間テストが終わり、はるかは一人、駅前の商店街を歩いていた。

テスト期間の為午前中で下校となったものの、通常授業である海王みちるとの約束の時間までにはまだ三時間以上もあった。

はるかは軽くファストフードでランチを済ませ、久し振りに亀田モータースに顔を出す事にした。


物心ついた頃から車に興味を持ち始めたはるかは、知人を介して亀田社長と知り合った。

車に関する知識は、ほぼこの亀田から学び取り、またレーサーとしての資質も亀田によって見出だされたのだった。

そんな亀田を師と仰ぎ、はるかは兄のように慕っていたのだった。


「レーサー辞めるんだってな。何があったか知らんが、天王、お前さんは良いもの持ってるんだ。いつか…また帰って来いよ。」

「……」

まだ僕に期待してくれている亀田さんに申し訳ない気持ちになったが、破滅の幻影が色濃くなりつつある今、何も答える事が出来ず僕はただ曖昧な笑みを浮かべるしかなかったのだった。
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