軽薄短小
□触れなば
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「はぁ……やっと着きましたよ!よかった〜。
じゃああの、座っててください私お水取りに行きますから!」
間違いなく店からの距離以上の謎の疲労と心労に大きく息を吐いた
まだまだ熱いリンクさんの手をパッと離して部屋に押し込み扉を閉めて廊下を戻る
ロビーのカウンターの隣にある、机に伏せて置かれてるコップを取りその隣にあるとっくに氷の溶けた水差しを持ち上げて水を注ぐ
水滴が水差しの底から床にポタポタ伝い落ちる
あーまじで疲れた
肩を落とすほど息を吐いて目がそのままの視点で固定される
私はずっとカウンター側に座っていたので、リンクさんのようにお酒を押し付けられることもなく逃れたが、あの空気に充てられてやけに体力を消耗した気がする
「いやもう眠い……リンクさん絶対あれって二日酔いとかになるやつなんじゃないかな……なったことないから分からんけど……」
コップを片手にあくびをする
出てきた涙を数回瞬きして目に馴染ませた
廊下の床に敷かれたニュアンス柄なカーペットをボーッと見ながら部屋の扉を開けようとドアノブに手をかけ下に押し、扉にちょっと体重をかけて開けようとした
「っ!うわっ、」
すると予想していた扉の重さが様変わりして
前屈みに転けそうになるほど軽くなった
まるで部屋に飛び込むかのように扉に体が引っ張られコップを持った手が激しく揺れる
やばい
溢すし転ける!
咄嗟の反射神経で離せないドアノブに何とか助けて貰いたいけどドアが引っ張られるように開いたことで軸が合わない
だからといって反対のコップを持ってる手じゃ床に手を着くことができない
まっず
と思うとコップを持った方の手首を結構な力で掴まれ引っ張り上げられる
突然の負荷に肩に若干のダメージを食らうが何とか転けずにも溢さずにもいられた
一瞬止まった息を吐いて態勢を戻す
「す、すみません……ありがとうございます」
もちろん助けてくれたのは部屋にひとりしかいないリンクさんだ
多分部屋に入れ違いになろうとして同時に扉を開けちゃったんだろうな
「あ、出ます?ごめんなさい」
入れ違いということは出るのだろう
そう考えて、通路の邪魔にならないようにと、開いた扉とは反対の壁に背中をくっつけてすれ違おうとする
いや私が一回廊下に出ればいいんだけど疲れてるせいもあってそれはちょっとめんどくさかった
「………………?」
じゃあ水は置いとこうかなんて考えて通路を空けるが一向に部屋を出る気配のないリンクさん
どうしたんだろうと見ると店にいた頃よりはまだマシになった顔色でボーッとこっちを見ている
開けっ放しになって廊下の見える通路をチラッと見てこの虚無な時間を考える
「………あ、もしかして開けてくれた感じですか、すみません…えと、閉めちゃいますね」
さっきのこともあるし何だか気まずい空気……
ぎこちなく顔色を伺うようにそっと動き出して扉を閉める
何か変な心配ばっかりしている気がする
変に心配ばかりするのは生まれつきの性格だし最近始まったことじゃないけど、私って何でこんな生き辛い性格してるんだろ
もう今日何度目なのかも分からない息を吐いて下げたドアノブを戻す
そしてまだ手に持ってる水を見て渡さなくちゃとハッとする
「そうだ。これ……………」
さっきリンクさんが立ってた辺りに足を運ぼうと振り返りながら顔を上げてみると
あれ
ぶつかるゼロ距離にリンクさんが立っていた
「うぉっ…」
と目を見開きながら振り向いた足に急ブレーキをかける
せっかくさっき溢さずに済んだのにまた水がコップの中で暴れる
「あ、あの……お水………」
別にそこまで広くもない宿屋の一室
扉付近の通路はひとり程しか通れないような場所で通せんぼをするかのように立つリンクさん
さすがに広くはない部屋といえどこんな距離にいなきゃいけない程じゃない
どうしたというんだ一体
とりあえずせっかく持ってきたんだからと一歩離れてリンクさんの顔を見ながらコップを渡そうと差し出してみた
リンクさんは依然ボーッと私を見てくるばかり
目が眠そう
何て見てたらリンクさんが手をスッと上げた
私はその手の動きにコップを出そうとするとそれをスルーして、さっき下がった一歩を無意味に距離を詰めてくる
え、
と思った時には脇腹辺りに腕を入れてくる
「ぅわはっ!」
急なこそばゆさに変な声が出て体を若干捩らせるがもうその次には私の背中にリンクさんの腕が回り込みぎゅっと固定された
「……………????」
状況を飲み込めない私は、勢いに若干海老反ってしまった不器用な態勢で何とか考える
瞬きを繰り返してその度にキョロキョロしてしまう視界を何とか落ち着けようと数秒目を閉じた
いや、夢じゃねえわ
「………」
それ以降特に動かないリンクさんに私も動けない
変に浮いた両手は凍ったようにそのままだ
「あのー………リンクさん?」
苦虫を噛み潰したようなとは正にこのことと鏡も無いけど恐らくそんな顔をしながら私の顔の横にあるリンクさんの耳を横目で見る
「……うん」
いやうんじゃないんだが
「え……あの、え、」
何してるんですかって聞いていいのかこれ
今の状況を頭に浸透し始めた私は恥ずかしさがじわじわと湧いてくる
リンクさんに負けず劣らずな顔色になれそう
「あ、あーえっと!あのお水!飲んでください!ね!ほらこれ!」
顔に熱が集まったのを自覚すると空いていた手を何とか動かしリンクさんの肩を全力で押して再度コップを差し出す
「えっと私はあのー自分の分持ってくんの忘れちゃったんでえと、と、取ってきますんで!これどうぞ!あの何だったらリンクさんはほら、先に寝ててくださいっ、今日はもう疲れたと思うんで!
あ、あーめっちゃ喋ったから喉渇いた!それじゃ!あの、ちょっと失礼します!」
そう言って得意の早口勢いに任せて無理矢理渡そうとしてドアノブに手をかけ開けようとする
するとリンクさんが片手を出してコップを受け取ってくれるのかと思いきやその先の私の手首を掴む
「あ?」
そしてそのままグイっと私の手を引っ張ると自分の口元に持っていき水を飲んだ
いやコップを持てよ!
なんでや!と不可解な表情そのままに見てるとリンクさんはその手を離して今度は私の後頭部を掴んでくる
「え」
あんまりの力に引っ張られて、急に何だと口から零れた反応を言った時にはリンクさんの顔がゼロ距離に
同時にドアノブにかけてた手を反対の手でリンクさんの顔の高さまで掴み上げられる
店の前での衝撃なんかよりレベルが違う
き、きすしてるじゃん……
「〜〜〜!!!!!!!」
カァッ!と顔面に熱が集まるのが分かると何とか何かの弁明をしようと考える
いや私が何の弁明をするのか知らないけどとにかく何か考えないと死ぬと現実逃避を図る
しかしそんな私に次に訪れるのは唇を割り入るぬるりとした感触
え!?なにまじで!?!?
情報過多な口にまだ詰め入る隙があるのか生温い水が入ってくる
流れ入ってくる水が上手くいかずに口の端から溢れ出る
およそコップから減った水の半分もいかない量が私の口の中に移り
その半分が首を伝って襟から服の内側に垂れる
その水を慌てて拭かなきゃという焦りに迫られるけどそれができるような空いてる手が無い
片方はまだ水の入ってるコップを持ってるし、もう片方はリンクさんが握っている
あまりのリンクさんの怪力は私の足を浮かしそうな程で
何とか地に足着けたくてもかかとが追い付かない
ぐっと押し付けられる唇は離れそうな様子は無いし後頭部をがっちり持たれている状況では自分から離れることもできない
何だこれ地獄か
リンクさんが私の手を離してそのまま両手とも後頭部に回す
苦しくて痛くて仕方ない私がとにかく生き延びるためには、と
離された手で首の負担から少しでも逃れるためにリンクさんの肩にしがみつき
口内に移された水を伸びた喉でゴク、と飲み込む
こんな上向きながら飲む水が苦しいものとは知らなかった
ペンギンすげえな
喉に余裕が無いままでは力の勢いが足りなくて全部を飲みきれない
「ん…んんっ……」
回数分けて少しずつ飲み込もうと必死に喉の痛みに耐えているとリンクさんの片手が後頭部から喉にスルリと降りてくる
私の喉が動いているのを確認するように親指を置いて首を覆う
一種の軽い首吊りのような状態が辛すぎて体をちょっとでも楽にしたくて持ってるコップを落としそうになる
やっとの思いで全部水を飲みきれたが息ができるようになった訳じゃない
依然口は塞がれたままで首は痛いままだ
なんだこれ
なんだこれ
なんだこれ!
いつのまにやらどんどんリンクさんの身長に合うようにぐいぐいと上に引っ張られてつま先もぎりぎりつくような高さまで持ってかれる
靴がかかとから外れていた
何という怪力か
いや怪力なのは知っていたけどそれがこんな形で私に向けられるなんてと自分の不幸に同情する
するとリンクさんが一度唇を離すと熱い息を大きく吐いた
慣れないお酒の香りがしたのを感じ、苦しさで閉じていた目を開くと私も久しぶりの呼吸を吸おうと水から上がったように息をーーー
「………っ!!!」
する間もなくリンクさんがまたキスをする
でもさっきのような一度に長いキスではなくて短くリンクさんのタイミングで音を鳴らしながら何度も繰り返すキスだった
短いといっても不定期に長くしたり一瞬の啄むようなものだったりとする唇に噛み付くようなキスの中で上手く呼吸をするには相当難易度が高い
離された一瞬で息継ぎをしようと口を開いて溺れているかのように息を吸う
でもどうしたって上手くいかない呼吸は落とされるキスの中でどんどん酸素を失っていく
何とかリンクさんに言葉を伝えようとしても息すらままならないのではどうしようもない
涙がじわと滲んできたあたりでコップを持つ手がとうとう震える
つま先はあまりの不安定さでよろよろと落ち着かない
リンクさんの肩に置いてた手は力を入れすぎて疲労からくる限界でどんどんずり落ちて、リンクさんの腕を掴んでいた
でも足元もままならないのではもうこの手しか私の体を支えられるのは他に無い
必死でリンクさんのその腕にしがみつく
「ん………ぅ……」
いよいよ酸素も底をつくと力の入らない手からコップが滑り落ちる
意外にもゴトンという床一面に貼られたカーペットに落ちた鈍い音がしたがそれを見てる余裕もない
空いたもう片方の手も咄嗟に後頭部を支えられているリンクさんの腕に縋る
そうして最後にぐっと限界まで押し付けられるように力の籠ったキスをするとやっと解放された
「はぁっ!!………死ぬ………!!!」
息を吸って第一声
私の頭にはそれしかなかった
口で大きく息をする
肩が上下してまるで全速力で走ったみたいだ
顔を引いたことで見えるようになったのはにこにこしてるリンクさん
いや、こっち死にかけてる人いるんですけど
「俺あの時我慢したんだ」
「……はぁ?」
後頭部を持つ手がやっとゆっくり私を下ろした
久しぶりにまともに立てた足元に疲労が戻る
とても気だるい
色々言いたいことも聞きたいこともあるけど息を整えるのが先決だと深呼吸を繰り返しているとリンクさんが笑顔で私に言う
「お店の前でなまえの顔見たら、ついこうしたくなって。でも帰るまで我慢したんだ」
「………ああ…ええ……?そうですか……」
いや外でもしたけどな
目だったけど
「だから、今はどこにも行かないで」
「…う…………」
なんて言いながらリンクさんは片手を背中に回して抱き締めてくる
いや、死ぬ
もう絶対リンクさんの体温超えてる
自信がある
酔いが冷めたら一体どんな顔して明日から過ごせばいいというんだふざけんなよ
そんなことをぐるぐる考えていたらリンクさんそのまま寝てたし、ベッドまで運ぼうとも色々と考えることしかなかった私は朝まで寝られなかったし、当の本人は翌日記憶無いとか言って頭痛に悩まされてたしもう本当に全部嫌になる
まじでどうかお酒は限度を考えて飲むようにしてよろしくお願いします