羊頭狗肉

□あっちにこっちに
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「……なんか、音がしねえか?」


結局オールを一度も持つことなく揺れる船の上で、何もしないと言う罪悪感で死んだ顔をしながら何か見つからないかなと未だ霧のかかる景色を眺めていたら、最前線で漕いでいたタルさんがそう呟いた

その言葉にみんなが手を止めて耳をすます


……波の音しか聞こえねえ


「…………?」


タルさんが立った後に、ラズロさんも黙って周りを一瞥すると、オールを置いて縁に手を置き身を乗り出して船の前方を見た

何かに気付いたような動きに目を連れてった

するとラズロさんが「あ。」と声を出して目配せするともう一度何かあったんであろう方を見る

それをみんなで寄って見ていると波を掻き分ける音がだんだん聞こえてきて、立ち込める霧を散らすように大きな船が現れた


「……商船だ。ツイてるぜ、俺たち!」


「よかったぁ〜」


船の全貌が見えた所でタルさんがそう声を明るくした

私たちの乗っているボロボロな船と違ってしっかりした作りの見た目をした船と白い大きな帆
それだけでどう見たらそんな風に見分けられるのかよく分からない
でも別に何でもいい
とにかくこの無限とも思えた海上に他の人間の存在があったと分かっただけで安堵した
けれどその船が近づいてくるほどに、その安堵が徐々に不安へと色を変えていく


「………あの…………あれ?え?ちょ、あれ?やばくありません?ちょっと……これぶつかりません?」


夜の海の肌寒さが不安を煽っていた中でほっと胸を撫で下ろしたが、誰か見えないかと船の上ばかりに目を集中させていたせいで視線を少し落とすと、船同士がぶつかりそうな距離だということに気付いた


しかもぶつかるといっても船の大きさの差は歴然で、大の大人2、3人分ほど甲板の高さが違う
質量も比べ物にならない

そんな船相手にぶつかるというのはもはや轢かれるも同然なのでは

急いで方向転換したいが向こうのスピードが早すぎてもうすぐ目の前まで迫る


ガヅンッ!


「うわわっ!」


波の揺れで正面衝突は避けられたが船横が擦れるようにぶつかり
船の大きさによる衝突の力配分はほぼこっちの船にかかる


不安定な水の上で大きく衝撃に揺さぶられて近くにいたジュエルさんが私に飛び込むように転けてしまう

慌ててジュエルさんを受け止めようとするけど私ももちろん体勢が崩れてるので上手くなんていきっこない


でも!と踏ん張って足に力をいれるけど、やっぱりその場しのぎ


「!!!」


何とか縁に掴まって床までギリギリ届かず済みそうだったのに掴まってから滑った手に何かが刺さり、その急激にきた痛みに驚いて手を離してしまい結局転けた


「いだっ!」


「いった!ごめん名無しちゃん大丈夫!?」


せめて私を下敷きにしてほしかったけどそれすら上手くいかずにジュエルさんと並んで倒れ込み、自分の無力さと頭を打った痛みに涙が出そう

でも、この海に飲み込まれてしまいそうだった命に比べたらこれくらい軽いものだとなんとか我慢する
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