羊頭狗肉

□扉を開けて
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「……はあっ……あ……」


まだ荒い息のまま顔をあげて私を見ると慌てて手を外した

ぱっと開けるとさっきの青い瞳と目が合う
怖くて反らす


「ご、ごめんね……大丈夫……?」


私の頭の隣に手を置き直して体を起こす

私にかかってた重みと口を押さえられてた手も無くなってやっと息が吸えた

そのことに気を取られ過ぎて何を言われてるのかあんまり理解しないまま頷いた


「そ……そっか……」


そんな私に相槌を打って私から退いて立ち上がると私に手を差し出した


「………。」


でも色々と追い付いてない私はその手を取れずに放り出された体をひとりで起こす

床じゃなくてベッドに倒れ込んだんだと知りながら縁に座るような形になった


そんな私を見て目の前の人は出した手を引っ込めて一歩下がる



気まずい



急に現れた他人の存在に血の気を引かせながらチラリと盗み見る


何やら見慣れない格好をしている

普通の布の服に対してはそんな違和感を持つ程じゃないけどその服を囲うように弓道で見たような鉄の胸当てがあり腰回りも鉄板がぶら下げてある

俗にいう……鎧?みたいな感じ、凄い簡易な造りっぽいけど
私の中の鎧って、鎧に詳しくないから分からないけど、もっとこう……ガッチャガチャの重そうなイメージだから簡単にできる範囲のコスプレのように見える

じわりじわりと視線を上に上げると
注目したのは左腰辺り

「……」


いわゆる剣のような物がベルトに刺さっている


本物じゃないよねと目を釘付けにする

どこからどうみてもアニメとかで見る剣ですよね


コスプレだよね
いやでもこんなの誘拐紛いと言って過言で無いしそんな人ならワンチャン無くはない

でもさっき心配してくれるような声掛けてくれたし、もしかしたらこの人もよく分かってないのかも

でもでも、それだけで信用しちゃうのも馬鹿だし……


「あ……えっと……」


人生初体験祭りで何も考えられない頭を何とかフル稼働させるけど自明の事で意味は無い


そんな私に目の前の人はこの空間に居づらそうに口を開いた

私と同じくらい動揺している


「その……ごめん。怖かったよね……ほ、他の人に見られたら、大変かなと思って……」


「…………。」


その言葉が混乱してた私の脳を押さえつけ
この人も何が起こってるか分かってないんじゃないかと思い付く

でも下手にこの場で何も言わない方がいいと思う私に表情を変えずに言葉を落としていく


「……あの、ここ、ガイエン海上騎士団の館内で…僕の部屋なんだけど。」


ぽろぽろと聞き慣れない単語を拾いきれずに疑問を抱きつつも聞き流す


「君は、誰で、どうしてここに?」


そしてやっと理解できた言葉にコンマ置いて息を飲む


「……あ、え、と…………わた、し………」


ぱちぱちと瞬きをして口より先に考えをまとめる

まず夢か夢じゃないかは置いておこう

夢だとしても礼儀は欠かさずに居よう


とりあえず

私は自分のことは分かる

記憶喪失にはなってない

でもどうしてここに居るのかは分からない

記憶喪失かもしれない


なんだどう答えればいいんだ

言葉に詰まってつい俯く


でも今は私が喋るターンだから私が黙れば静寂が訪れる


多分だけどこの人もこの状況を理解していない


どうか、早く目を覚ましてくれ



私が黙って俯くと予想してたようにこの空気に静寂が訪れた
知らない人と訳分かんない状態でふたりきりで何も言えないまま顔もあげられない

膝に置いた手で服をぎゅうっと握った

ひたすら気まずい空気に泣きそうになる


すると途端に頭に重さを感じた

びっくりして顔をあげるとまたあの青い瞳とばっちり目が合う
赤いバンダナがよく目立つ目の前の人が私の顔を覗き込むようにしゃがんで目線を合わせてきた

急な距離感に驚きすぎて硬直した私の髪を耳まで上げた

俯いて落ちていた髪を退かされて視界が広くなるとより真っ直ぐこっちを見る瞳に射ぬかれたような気持ちになる



「っ…す、すみません………あの、私、おかしいかもしれないんですけど、何が何だか分からなくて………ここに、居るのも……夢みたいで………。」


心を読まれるような眼にはっと息を飲んだ

そして何だかじわりと滲む涙を我慢しながら思った事をそのまま口にした


意味が伝わるか分からないけど本当にそのまま言った

すると青い瞳をいちど閉じると私の髪からゆっくり手を離して頷いた



「………君が誰でどんな立場にあるのかは、その……正直全く知らない。でも……まあ、僕の立場もあるから味方になるとは言えないけど、何も分からない君の敵になるつもりは無いんだ。理由が無いなら僕を怖がる必要はきっと無い。」


「………。」


手前の行動にびびり過ぎたのと、この場での緊張があって理解に一瞬遅れたが

わざわざ目線を合わせてくれながら、真っ直ぐに言ってくれた言葉を私はそのまま心に沁みさせた

これまで疑問と恐怖で頭が支配されてたのにそれだけでそれでも私は緊張に張っていた肩が息を吐いたとともに落ちたのを感じた


「えっと……僕、ラズロ。君は?」


「………私……名無しちゃん、です。」


青い瞳で笑ってくれた
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