死中求活

□救済の技法
1ページ/2ページ




あれからもう日は完全に落ちて真っ暗になった頃、私が柿田君に激突されたあの懐かしい場所に帰ってきた

あまり道に違いはないから詳しいことは知らないし、暗くなってしまった雰囲気の違いに似ているほどは分かっても、全く違う場所にも見えてくる


そうして真っ直ぐの一本道の先にはひとつの赤い灯りが現れた


街灯の無い道の上は光以外は真っ暗な闇に包まれていて、見たことはないが、ただ動く光はまるで人魂のようにも見えた


けれど前を歩く二人と一匹はそれに大して驚くこともなく、むしろ前向きにその光に寄っていく


「お迎えが来たね。タロ」


ちょっといじわるっぽく声をかけられたタロ君は身を震わせる

歩くほどに灯りが近付き、数メートル先に迫ったところでその灯りの元には人がいるのがやっと見えた


懐中電灯なんていう物ではなく、キャンプにでも使うようなカンテラを下げた人や、松明なんかを持った人たちが前のふたりを見つける

するとおそらくタロ君のご両親であろう人が先頭で駆け寄ってくれば、お父さんがタロ君を一撃して家に帰っていった

タロ君はやはり怖い体験をしたことでの緊張でか、それともただの痛みでなのか分からない涙を流してこちらに向かってお礼を言ってきた



それを見届けている間に柿田君もその人たちに連れられて行き、いよいよ二人だけで残されてしまう

私は当初の目的すら口に出せないまま、遠ざかる背中たちを眺めていた


ふたりの後ろに居た私は、あの集団と一緒に行くものだと思っていたから、前に居た人が立ち止まったままなことで私も進まずに立ち尽くしてしまった


行かないのかな。と思いつつ何とも言えない空気に口を開けない


曲がりくねった道に入って行ったみんなの姿と、最後まで見えていたぼんやりとした光も完全に見えなくなったところで、パッと振り返られる


「君はトアル村の人じゃないよね。家は?」


月の光だけという頼りないものではあるが、森も抜けて視界を遮る物もなく、空気が綺麗なのかやたらはっきりと照らしてくれる空からの明かりで顔を見る


これ以上ないほど困る質問に、狼狽える私


分からないなら分からないと素直に言った方がいい場面のはずなのに、それを言うのも気まずい

それに全部を説明するにも、どこから言い出せばいいかも分からない

とりあえず最寄りを言うべきかと口を開こうとした私に、同時に彼の方が先に言う


「暗いし、とりあえず家においでよ。すぐそこだから」


それからにしようと私を着いて来させるように先を歩く

冷たい風が吹くと、周りの木々の葉が揺られて、ひとつひとつは小さくともたくさんある木たちは集まって大きな音になる


虫の鳴き声があちこちから響いて、踏みたくないと思う私は視線を足元に落として歩く


舗装されていない道。というのもあるが、さすがに歩き通した疲労が溜まっている


あまり景色も変わっていない道で、ピタッと止まった前を行く靴を見て私も足を止めて顔を上げる


ここ。と言われて見れば、それまでと道の雰囲気も変わらない森の入り口ほどの場所に、急に家だけがポツンと建っていた


「ぇっ…………」


人には聞こえないくらいの声量で困惑した


まさか、これが家?


周りには他の家も無く、町のような景色でもない

確かに彼らはずっと『村』だと言っていたが、それにしたって変過ぎる気がする


いや、変だなんて失礼なことを言えるほど私は世間を知っているわけじゃないが、それにしても………私の目には、到底家があっていいような場所ではないように感じた


とはいえそんなことを言うわけもなく、促されたように家に上げてもらうこととなったが、変と言い切ってしまうポイントとして、暗いから外観はほとんど見えないが、玄関までがハシゴで登らなきゃいけない構造となっていた

地面から直角に掛けられた木でできたハシゴは、見た目よりもずっと丈夫で、まるでアスレチックだと思いながら家に上げてもらった


中に入ればちょっと予想していたが、電気なんかの明かりでは無く、中は火を灯すカンテラで部屋を照らしている


そういう企画の下で生活してるのか?


「本当にどこも怪我はない?打ったりしてたら触れば痛いとかあるだろうし」

「え?あ、いや……大丈夫です」


テーブルにイスのある片方を引いて、その向かいに座りながら聞いてくる


私はそれに確認したわけじゃないが、頷いておく


座っていいよと動作で伝えられたことに浅く頭を下げて、すでに引かれていたイスに座らせてもらう


「それで、村には何の用があったの?」

「え?」

「この近くに来てたなら、村に用があるんじゃないの?」


テーブルに置かれてた水差しを、ひっくり返されてたカップを取ってふたり分入れてくれる

喉カラカラだったから、普通に嬉しい


「村は……別に用は無かったんですけど…道を聞きたくて人探してところはありました……」

「なんの?」


お互いにカップを自分の口に運びながら質疑応答に徹する

いくら喉が渇いてたといっても、人の家で一気に飲むことができずに少しずつ大事に飲む

口にちょっと含んだ水を喉に通した後、カップに視線を置いたまま恥ずかしくて重い口で言う


「あ、えっと……家の……家までの道を……」

「誰の?」

「……………私の……です………」


恐らく村の中の人のでも予想していたのだろう

不可解そうに首を傾げて言ってる意味が分からないことで更に説明を付け足すのを促すようにされる


「えっと……あ、何か迷っちゃって、学校から帰る途中だったんですけど…」

「迷子?」

「は……えぇ……まぁ…はい……」


率直に私に向けられたその単語が何か恥ずかしくて、いい年して何してんのみたいな自虐の心が脳に直接言ってくる

カップの中の揺らぐ水を見つめていたが、目の前の人がどんな顔をしているか想像したくない


絶対呆れているだろうな


一目見れば年齢の分かる格好をしてるし、私はどうあがいても小学生に間違われるような見た目ではない

頭は小卒で止まっていても、さすがにこのご時世で迷子でこんな時間までうろついてましたは笑えない


なんて
そんな後ろ向きでネガティブな考えで自分を責め立てていたら、前からは割りかし軽い感じの声が聞こえた


「そっか、この辺は森に囲まれてるから迷いやすいよね。山羊のこともあったし……地図は持ってる?」

「あ、え?」


弱気で居た私に、まるで普通のことかのように言ってくる彼の言葉に意外な気持ちで顔を上げる


きつめの顔立ちは元々だろうが、表情を見る限りでも別に皮肉っているわけでもなさそうだし、変に同情している感じもない


てか待って地図持ってるって何?

アプリのことそんな風に言うのは初めて聞いた


「あ、あるはあるんですけど……なんか位置情報出なくって……あ、やだ電源切れちゃった……」


ポケットからケータイを取り出し、膝に置いてた鞄の上でカチカチとボタンを押して着けようとする

けれど真っ暗な画面は一向にそのままで、めげずに長押ししてみれば電池残量の無いマークが表示される


私の言ったことに黙って聞いていたところから、急に席から立ち上がり玄関から隣にある本棚へと足を運んだ
そしてそこから何冊か本を出しては開くを繰り返す


「……あ、あった。ほら、地図」


そしてその数冊目の本の隙間から折り畳まれた紙を手に取ると、それを持ってテーブルの横に立つ


ちょっと待って


「トアル村はこの地図の中じゃ、いちばん南にあるんだ。それより南に行くなら別の地図を持って来なきゃだけど………君の家はどこの町にあるの?」

「え、や、え……?」


ガサガサと思ったよりも大きく開かれていく紙が、物が置いてあったというのに、構うことなくその上に被せるようにテーブルの上で雑に広げられ、はみ出した紙の角が私の手に当たる

人の持ち物である紙をだめにしないように紙の下にあったカップを回収しながらイスを引いて避けるが、いくら一人暮らしようのテーブルだとしてもだいぶ紙の方が大きい


世界地図でも持ってきた?


そう思いながら、鞄を抱えながらもう片手でカップを持ったまま一応テーブルへと視線を注ぐ


「………!?」

「でもここら辺には他に町や村は無いし……一番近くてもカカリコ村くらいかな…それでも遠いし……もうちょっと行けば後はハイラル城下町とかになるけど……」


何か色々言われながら紙の地図に書かれた各所を指差されるが、私の頭には何ひとつ入ってこない


なぜなら私はこんな地図をかけらもみたことないからだ


地図の真ん中には目印のように一番大きくお城のようなものが書かれていて、それを囲むように水色の……これ手描きか?川のようなものが書かれている

ちょっと待ってちょっと待ってお兄さん

そんなわけないって

私が今まで見てきた地図とはだいぶ違うな?


地図と言われた紙はずいぶん古いものなのか、折り目の所々は穴が空いている


………からかわれている?


いや、まさかそんな初対面の他人にそんなことしないだろう


……しないだろう……うん


さっきチラリと聞いた言葉を脳内再生してみるが、そもそも町とか村って付いていなければそれらの名前が何の事だかも私には分からないレベルだ


それは私が馬鹿なのか世界が広いのかは知らないけど、どのみち馬鹿な私でも日本にカタクリ粉だかハイテク城だかの町名が無い事くらいは分かる

え、ないよね?

それともあれか?ドイツ村か?東京ディズニ(自主規制)だとでもいうのか?公共施設名ならまだ頷けるぞ


なんてそんな冗談は置いといて、私はふとある疑問に飛び込んだ

そんな町名が日本に無いとすれば、この外見とは裏腹の心を持った(失礼)彼が言っているのは日本の事では無い


それは何故か


いや体験することは人類平等そんなに無いとは思うけど、道に迷った人がいたなら少なくとも、自分の居る場所はいったい何県の何丁目だとか
どの駅の近くだとか、そういう風に考えると思う

けれど今現在どうだろう

都道府県名や住所なんてまるで出てこないぞ

それを聞いてみるも、そもそも都道府県という概念も理解できないというような顔をされた

まさか今までこんなに言語通じてきたのに急にその単語だけ知らないとか無いだろうし


「………」


まぁ、なのでそんな問題に正面からぶつかっていくのでは無く
馬鹿に生きてきた私は賢く、馬鹿でも進めそうな道を探し当てて歩く事を決める


「……ここって……どこですか?」


それは私の現在位置を聞くこと

これなら私の家がどんだけ近いのか遠いのか大体は分かる
この携帯の普及した世の中、いい年の女が迷子になっても少しも引かないどころか切に心配してくれた彼なら、何も疑を抱く事無く答えてくれるだろう

そう期待していた私の耳に響いたのは


「ラトアーヌ地方のトアル村だよ」


ほら、ここ。と御丁寧に紙の上を指差して教えてくれた

さっき言っていた通りに地図の一番下のギリギリのところを指されるが、そこが何だと言うのか分からないほどの簡易なイラストだ


らとあーぬ地方のとある村………


「………」


だめだ絶対からかわれている

だってそんな訳ないし

色々………色々変だわ


そう落胆と呆れが混ざって肩の力が抜ける私は僅かに首を横に振って口にギュッと力を入れる

ツッコミ待ちなのだろうかと目だけを動かし顔を見る


「どう?分かった?」


彼はずっとこちらを見ていたらしく、私と目が合うと真顔で聞いて首を傾げた

割とどんな言葉でも真面目に受け取ってしまいがちなこの性格は、それなり親しく空気感が分かる人からでないと、本気と冗談の差が上手く分けて取れない

空気的には冗談っぽくないが、私はこんな時間まで迷って本気で困っているんだ

グッと息を飲み込んで口を開く


「いや……これ……地図…………ですかね……?」


けれどやっぱり小心者で、強気に言えない私は伺うように小さな声で無理矢理口角を上げながら言う


私としてはだいぶ勇気のある行動だった


ツッコミ遅かったかな

でもこれでもちゃんと言えたんだし、及第点だろう


どうだ、ちゃんとノッてやったぞ!


なんてパッと顔を上げた
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ