軽薄短小

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影の結晶石の魔力に取り込まれた族長は、リンクさんの手によって元通りに解放された

とはいえ、以前こうやって解放された化け物は跡形もなく消し炭となってしまったのを覚えている
また族長もそうなってしまうんじゃないかと心の奥で思っていたから、息をしていた族長を見た時は安堵の気持ちで息をつく

まさか間違って普通に族長を殺してしまったとあれば、この地に蔓延るゴロン族は怒り心頭して復讐に襲いかかってくるとも無いとは言い切れない


ゴロン族の族長ともなれば、もしかして本体もあのばかみたいな巨体だったりするのかとも思ったが、魔力によって巨大化しただけで本物の族長はわりかし他のゴロンたちとサイズ比は変わらなかった



族長が起きてめんどくさくなる前にミドナさんの力でゴロンの聖地からの脱出をしたところ

正直あの道をまた戻らなきゃいけないなんてことになったら堪らんからめちゃくちゃ助かる能力だ



聖地を出ると、もうすっかり陽は落ちていて、外に居たはずのゴロンたちはひとりも姿が見当たらない

中での騒ぎを聞きつけてみんな聖地の中に様子を見に行ったのだろうか


「いやー、辛かった!聖地の中で一日過ごしちゃったみたいですね。もう真っ暗だー」


外の広い空気に腕を伸ばして空を見上げた

入る前はあれほど激しく噴火していた山は、今はただ夜空を前に静かにそびえるばかり

あの噴火も影の結晶石の魔力によるものだったのだろうか


「良かった…これでゴロン族たちも元の温厚さに戻るかな」


空には星がたくさん光っていて、さっきまで見ていた禍々しい赤い光のことや絶望に瀕した危険いっぱいの体験など遠い昔かのような静かな夜だ


「本当に温厚だったのかも疑問ですけどね……あ、見てリンクさん、あの時落ちてきた大岩、まだ燃えてますよ」


聖地の前に落ちて突き刺さっている大きな大きな岩

私たちが聖地に入る前に山から飛び出してきた噴石だ

あのマグマの中から出てきたのだから無理もないが、この時間をかけても未だその熱は消えることなく燃え続けていた


「凄いな。あれがあれば雪の降り積もる山でもこの山みたいに変えられそう」

「あはは、ゴロンの聖地第2号店〜」


メラメラ燃え続ける岩をよそに山を降る

暗い山道だが、基本岩山なおかげで足に引っかかる物もないし、月の光を遮るような森でもない

来た時と同じくらいの気持ちで降りていく

問題解決直後の気持ちの晴れようは有頂天だが、山を降りる際に手を使ってあれやこれやするたびに激痛が走る


あまり見ないようにしてたし、アドレナリンが出てそんなに大した怪我じゃないと思っていたが、月の光に照らして見れば、聖地の中で幾度となく転んで擦って火傷して

色々とハードな手の使い方をしたせいでだいぶボロボロだった

なによりずっと熱い場所にいたせいで熱と水分でヤワになった肌には、ひどい負荷


手以外にもたくさん擦り傷切り傷ぶつかり痕、そしてもちろん火傷の痕と、あげればキリがない怪我が多かった


私もリンクさんもそっくりな怪我をいくつも揃えて、ハロウィンオソロコーデ〜なんて言ってみる


「ゴロンの聖地の温泉には怪我の治療に効く成分が入ってるんだって聞いたけど、せっかく近くにあるんだからちょっと行ってみようよ」

「温泉〜!すてき!たっくさん汗もかいたしなにより疲れちゃったー。行きます行きます!」


まだまだ夜は更ける一方、カカリコ村まではそれなり距離がある

ここはやたら間欠泉が多く、ちょっと小道に入ればどこかしらに温泉が見える

さっきからも小さいのがいくつか見えたが、入るには小さいし、なにより熱湯すぎて入れそうにないものが多かった

早くお風呂に入りたい気持ちばかりが上がって、足取り重かった

ちょっと歩いただけでもたくさん見つけたのだから、探せば入れそうな所なんて秒で見つかりそうだ


帰り道を逸れて、分かれ道を適当に歩く

するとなにやら立て看板がポツンとあるのを見つけた

私にはそこに書いてある文字は読めないが、なにやら矢印があるのを見る
それを読んだリンクさんが顔色明るく矢印の方向へと歩き出す

書いてある内容は聞かなかったが、そのまま疑いもなく着いていく
さっきよりも狭くなった道を歩けば開けた場所に出た


「わあーっ温泉だ!入れるかな!」


そこにはいくつも小分けにされた温泉の溜まり場があった
他のと違って今度のは浸かれそうなほどの深さもありそうだし、立地的にも入りやすそうだ


「ゴロンが利用する温泉みたいだ。人も入れる温度だって」

「へえー、なんかゴロンって勝手に熱湯に入ってるイメージでした!意外にも温度設定は人と一緒なのかな」


いくつもある中のひとつの湯のそばに、さっきと同じような看板を見る

またも読めないが、どうやらリンクさんが言ったことが書いてあるみたい

しゃがんでその湯に手をつけてみると、確かに今までのお湯より、はるかに温度は人寄りといった感じ


「マグマに入っても火傷くらいで済んでたからな……熱いのに入りたかったら、別の所で入るんじゃないかな」


確かに、わざわざこんな看板があるってことはこの場にある全部のお湯の温度は違うのかもしれない

ここは山のふもと近くだからこの温度なのかもしれないが、聖地の近くになれば必然的に温度も上がってそうだ

そっちに入ってるという説もある


まあとにかく、今はこんな夜中
他に人の姿も見えない貸切状態

なかなか温泉を貸切なんてない体験だからワクワクが止まらない


「やったやった。とにかく入りましょうよ!
……あ、でもタオルないや。どうしよう」


目の前の温泉にテンション鰻上り
けどそこでふと我に返って、持ち物が何もないことに気付く

いつも持ってるカバンは重くて邪魔だからと上着とともに村に置いてきてしまった

どちみちあったとしてもタオルなんて入ってないし
入りたいのはやまやまだが、上がった時のことを考えて立ち上がる


「あー……いいよ、このまま入ろう」

「えー?でも濡れたまま……」


私の言った問題に、後ろで剣を降ろしていたリンクさんがちょっと考えるそぶりをした

が、めんどくさくなったのか大雑把なことを言ってくる

確かにこんなの目の前に、タオルがないからやっぱり帰ろうとはしにくいが…

濡れた身体でまた服を着るのは嫌だなと口を挟みかける
それを聞いてるのか聞いてないのか、リンクさんがグローブを外しながらこっちにきたかと思いきや、私の横に来た途端に肩を抱いてきてそのまま目の前の温泉に道連れダイブした


「うべはっ!!」


まさかそんなことをすると思ってなかったから心の準備もする間もなくダイナミックに湯を弾かせた


「あぶねー!顔行くとこだったわ!雑すぎでは!?飛び込み厳禁なんですけど!」

「ははっ、あったかいね。ちょうどいいや」


とっさに手をついたおかげで顔面まで湯に浸からずに済んだが、勢い任せな飛び込みは首まで浸かることとなった

目に入りかけたお湯を指先で拭おうと湯から手をあげると、袖口から信じられないほど水が滴り落ちていく


「あー…びちゃびちゃ…着衣水泳だ。もう助からないです」

「帰るまでにどうせすぐ乾くよ。それより手、ずいぶん怪我したんだから、入れときなよ」


私とは正反対に気ままに浸かっているリンクさんは私の言葉なにひとつ響かずに帽子を剣と手袋の元に投げ置くと、私の側に寄ってきて手を取って湯に沈めた


「ワァーっ染みるぅ……いや…あ、あれ?痛くないな……傷口にお湯なんて絶対染みるはずなのに…」

「聖地っていうくらいだし、精霊の泉も近い。多分なにか魔法のかかった水なのかも」

「へえ……すごい…」


確かに元の世界でも、色々効能のある温泉はあるが、魔法ともなるとこうまで違うのか

入ってる分には普通のお湯なのに

てか、そんな神聖な感じの湯、服のまんま入っていいんかこれ
不敬じゃない?

いや、もはや手遅れだけど…

まあとはいえ、せっかくのこんな良いお湯に入ってしまってはなかなか外に出る気がしないのも本音
これが温泉の魔力か…取り込まれるぞ……


「ごめんね、手蹴っちゃって」

「え?ああ……いえ、結果が出せて良かったです」


急にリンクさんが私に向き合った状態で謝ってくる

なんのことか一瞬分からなかったけど、族長を倒したあの時のことだろう
別にあの行動は私が促したわけだし、リンク
さんはそれに謝る必要はない


お湯に浸かってそれなり落ち着き、族長との戦いを思い出す


「正直口で伝えない作戦なんて拾ってもらえるか分からなかったし、私踏み台にしてもワンチャン届かなかったらどうしようかと…。今思えば早計でしたね」

「俺もあれで合ってたのかなまえの反応見るまで分かってなかったよ。
肩か手か…どっちか迷った」


踏み台にするとこは迷わねーのかよ

いや、いいんだけどさ


「そうだったんですねー危ない危ない…。
 ……でも、今さっきあーんなおっきいのと戦って勝ったなんて、ちょっと信じられないです。怪我が残ってなきゃ夢かと思いましたよ」


足を伸ばして手を後ろに置いて空を見る
水が音を立てた

本当に静かな夜

この先の山の中の大事が、地球の反対側かのような感覚


空を見上げる私に、リンクさんは片膝を立てて、その上に肘を置いて頬杖ついている


「そうだな…。なまえがいてくれて良かった」

「!?」


突然のお言葉に手が滑りそうになったが、何とか耐えて肩を揺らすだけに留まった

動揺がバレないように、叫びはしなかったが、内心暴れそうな気持ちでリンクさんに顔を向けた


「ん?」


自分でもどんな表情してたか分からないが、決して照れとかじゃない
私はそういうことを言われて素直に喜べる人種ではない
どちらかと言えばどこからの皮肉でそれを言ってるのか勘繰るタイプだ

私が居て良かったことリンクさんにはそうそうないだろ

今回はたまたまそういう結果だったが
最初からリンクさんひとりだった場合でも絶対族長に勝ってたよ

そんなパラレルワールドの仮定を信じて止まない


「どうかした?」


なんならまだミドナさんみたいにシンプルにお前がいなくてもどうとでもなったわみたいなこと言われた方が焦らない

こういう正面からくるタイプはどう対応していいのか、一番難しい

この発言を否定して私の信じている仮定を推してもいいが
相手はリンクさんだし、そうだ、そうじゃないの押し問答が果てしない気がする



でも絶対私はこの旅に必要じゃないと思うがね!!
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