軽薄短小

□触れなば
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その日も別に変わったことなんてひとつもない


リンクさんと町の外に行って頼まれ事や困り事をできうる限りで解決して

それでちょっとお散歩も含んだりして夕方には町に帰って今日は気が乗ったから仲間とちょっと話でもしようかって酒場に行って……

行ってそれで……


ばかみたいに飲まされたのが今日のリンクさん



「……あ、あのー………大丈夫ですか?」


「ん……んん……うん……」


「お水、お水ここに……飲めますか?」


「ぅんん………いらない………」


「あー、ええ……でも飲んだほうがいいって皆言ってますよ」


「アンタたちほんとどう責任取んのよ!完璧に出来上がっちゃってるじゃないのさ!」


イスに座ってテーブルに肘をつき、目元に手を当てて寝ているのか起きているのか分からないので、イスの背もたれに手を着いて、彼の顔を覗き込むように隣に立って色々声をかけてみる


もはや行儀よくイスに座っているのはこのお店にいる半分以下程だ

今日はずいぶん繁盛したようで
他のお客さんや、リンクさんに飲ませた人も、みんな壁に寄っ掛かって死にかけたように床に座り込むばかり


「でもやっぱりさァ……これくれー乗りきんなきゃ俺らみたいな立派なオトナとは言えないだろぉ………」


もう顔も上げられなくなってしまった大人達がテルマさんに訴える


「なに言ってんのさ、子供に飲ませるようなロクでもないおっさんが!」


バケツを持ってカウンターから出てきたテルマさんはそこらに転がる人たちにバケツをひっくり返して、いっぱいに入っていた水を容赦なく被せた


「おぶっ!!」


そうして雑に頭を冷やさせたのか、空になったバケツをカウンターに置いて私の隣に来ては私の持ってた水をパッと取る


「あっ…」

「ほらリンク!お水飲んでもう帰んなさい!」

「ああ………。お水、飲めないみたいで……」


ぶっかけられると危惧してちょっと離れかけた私だったが、さすがに対応が違うのか、普通にリンクさんの前に差し出した

でももう返事も虚ろなリンクさんはそれを受け取れそうにもないのを代わって伝えるとテルマさんは


「まったくこんなにしちゃって!ちょっと誰かこの子たちが泊まってる宿屋まで連れてってあげなよ!」


「ああいえ……、大丈夫です。そんな遠い訳じゃないですし……」


水を飲ませるのを諦めてコップをテーブルに置くと、テルマさんはまた他の人に怒り始める

大人たちの飲みの喧騒に入ってリンクさんを助けることができなかった私も少し反省しつつ怒るテルマさんを止めれば、リンクさんと私を見ながら心配そうな顔をする


「そうは言ったって…さすがにこんな状態のをアンタひとりで連れて帰れないだろう?」


「………り、リンクさーん。帰りません?ね。ベッド…ベッドで寝ません?」


テルマさんの案にはそりゃ私も賛成だし、私はここに来てから自分の無力さというものを嫌という程認識している

だからこそこれ以上酔っぱらいを増やして外に出るのはもっと手に負えないと予想を頭に組み立てた


そして何とかリンクさんに戻ってきてもらおうと呼び掛けて肩を揺する


「…ああー……そう、だね……ごめん……帰ろっか…うん」


すると声が届いたようでゆっくり顔を上げると真っ赤な顔のまま笑って頷いてくれた

その反応に、良かった大丈夫そうと安心して笑顔に釣られて私も頷く

一度息を吸って吐くと、テーブルに手を着いて立ち上がる

イスを倒さないように引いてどかせば、若干よろつきながらこちらを向いた

まともに歩けるのかどうか分からない私はとりあえず支えが必要かと思い、どちら側の手がいいか分からないので、選ばせる意味で両手を出してみる


「………」


それをぼんやりした挙動で見たリンクさんは、ゆっくり一歩踏み出したのと同時にふらっと倒れ込んできた


「うぉあぶね!!」


私が出した両手の間に覆い被さるように倒れてきたリンクさんを何とか抱き止めるが、さすがに体格差が物を言う

転ぶのを防いだが咄嗟のことに膝が耐えきれなくてガクリと片方を床に着かせてもろとも倒れそうになる


「だっ、大丈夫かい!ほらやだよもうしっかりしな!」


それを見たテルマさんが慌てて手を広げて私の背中に保険をかけてくれる


「あ、あっぶねー…!」


転びそうになった緊張で心臓がばくばく鳴ってるが、転びかけた時に背中に回してきたリンクさんの手は私の右肩に置かれ、少しずつ態勢を戻しながら私と目を合わせる

眠いからか潤んだ瞳はいつもより薄く開いてボーッとしたような表情はまるで何を考えているのか検討もつかない

はたまた何も考えていないというのもある

右肩に置いた手をそのままに反対の手で差し出してた私の腕を掴むとそれを支えにやっとちゃんと立ち上がった

ああ良かったとひと息つくとその腕を掴んだ手が降りて私の手を取る

そして同じように胸を撫で下ろしたテルマさんが片手でリンクさんの背中に手を置いて声をかけた


「アタシが送ってあげたいけどこの状態で店ほっぽらかす訳にもいかないから……気を付けて帰るんだよ」


「あっ、いえ全然……全然大丈夫ですっ。ありがとうございます」


申し訳なさそうに玄関まで送ってくれるテルマさん

途中で水たまりを踏んだ

一緒に支えてきてくれたテルマさんにお礼を言って外に出る
お店の中より澄んだ空気が全身にかかる


ちょっと冷たく感じるような風はさっきまでのボヤけた雰囲気を一新させてくれるけど、握られた手から伝わる熱がお店の名残と言わんばかりに思い出させる


「大丈夫ですか?階段、気を付けてくださいね」


騒がしい声が扉を閉めたことで遠くなったのを確認してさっきよりもちゃんと聞こえるだろうとリンクさんに向いて言う

まともに前を見て歩けるようには見えないし、と顔を見るといつものはっきりした笑顔、という感じではなく今までにない程砕けた雰囲気で優しく笑うリンクさんと目が合った


「……だ、大丈夫ですか?」


あんまり優しい笑顔に目を大きくして驚き、つい見とれそうになるが、場合かよと首を振って容態を聞く

しかしそれも聞いてるのか、というより聞こえているのか…リンクさんはその笑顔まま、繋いだ手を更にギュっと握ると顔を近付け目尻辺りに何かを押し付ける


急な事にその片目を閉じて何も考えられなくなったが、押し付けられたものが離れてまたにっこり笑うリンクさんを見て





いやキスしたじゃん………





呆然と目だけを反らした




「!?!?」


反らした先の石の地面をより見開いた目で見る

数秒そのままで居ても、頭は何か考えようとしても何も考えられなくて
でも足がじっとしてられなくて自然と歩き出す

とりあえず何も無かったことに今はするしかない

火照るというより何か血の気が引くような気持ちでリンクさんの手を引っ張って階段を上がる


当のリンクさんは別段何を言うわけでもなく変わらぬ空気のまま手を握り続けてくる


もう真っ暗になった道を歩いてずっと同じに続く石畳を見ているようで見てないけど、ひたすらそれを眺めながら宿屋に向かう


「??????」


もうそればっかり


「なまえ、なまえ。」


「えっ?あ、はい」


急に呼ばれたことに遅れて気付きハッとしてつい足を止めて顔を上げた

若干早歩きだった私は珍しくリンクさんを引っ張るように前にいたせいで少し後ろを振り向いた


「あのさ……」


もう何を言われたって驚けないような何も考えられない頭で何とか酔っぱらいの話を聞こうとするがなぜか口を開いてしまう


「あ、お水ですか?着いたら用意しますよ。ああ、それとも疲れました?でももうすぐそこですしあとちょっとなんで頑張りましょう!」


今の私に何の話題を振ったって聞けやしないというのが本能で分かっているからか相手の言葉を聞かないことに必死だ


「……………」


リンクさんはそれ以上喋らなかった
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