軽薄短小

□お泊まり止まり
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「地下ってどこにあります?外?」

「あっ、そうか…そっちにはしごがあるから、そこから降りれるよ」


そうして顔を向けた方向を見れば、調理場の隣の何のスペースなのか分からない部屋がある

寝られるほどの広さも無いし、何か物が置かれているわけでもない
謎のスペース
よくは分からないにしても、人の家の細かいところを聞くのも気が進まないと何も聞かなかったが、こんなところから地下に繋がるなんて
変わった家だなーと見れば、確かに奥には床をくり抜いたような穴にはしごがかけられていた

膝を抱えるようにしゃがんで下を覗き見れば、あまりに真っ暗で灯りを持っていなければ何も見えない地下室があった


「わあ……」


思っていたのとちょっと違った景色に若干怖気付くが、そこまで気にすることもないとカンテラを手に引っ掛けてはしごに足をかける

外のはしごとは違い、少し慎重に下を見ながら一段ずつ降りる
地下であるゆえの冷たい空気が立ち込めていて、家の中であることを忘れそうだ


「よっと。えーと…小さい箱か…」


そうして最後の一段を降りてカンテラを持ち直し地下室を見渡す

深さの割にはそこまで広くなく、物置らしく大きな木箱や、棚に置かれたビンやら、角材なんかも壁に向かって立てかけられている

少し上等な箱が真ん中にあるが、これは持っていけるサイズじゃ無いし、多分違うだろう

特に箱がたくさん積まれているところへと一、二歩進んで灯りを近付け、いちばん上に置かれている片手サイズの箱を見つける

他にも視線を流して見るが、それほどの手頃な大きさの箱は見つからなかった

見れば分かるって言ってたしこれでいいだろうと、カンテラを寄せて見ていた箱に手を伸ばす

両手で持ち上げて見るが、どうやらそこまで重くはない
何が入ってるんだろうとホコリを払って手に抱える

登る際に傾けてもいいものか分からないと、フタを開けようと手を置いたその時

パタッ

と箱の上に水が落ちてきた


「?」


今しがた落ちてきたようにも見えたが、あまりに予想外なできごとにひと滴分のシミを見る

そして降ってきた上を見上げようとしたと同時に、私の肩にはドロリと大量の水が降ってきた


「!!」


頬に当たる冷たい水分とも固形とも取れない柔らかい感触に、箱を投げて飛び退いた

ドンガラガッシャン!

視界不良もいいとこだったせいで、避けた先にはたくさん物の置かれた簡易な棚があった

容赦なく棚に背中を預けるように飛び込んでしまった私は、一体何が起こったのか分からず目を見開いていた


「なに!?」


物をひっくり返した音に驚いた様子のリンクさんが上から声をかける

私はそれに返事をするでもなく、先ほどまで立っていた場所を凝視する

落とされたカンテラの光に照らされ見えた物は私と同じくらいの大きさで、溶けかけのゼリーのように透明な塊

一見バカでかい水風船かとも思ったが、そんなわけないくらいぐにゃぐにゃ動いている


「……?……???」


見たこともない異様な物に言葉もなくただひたすらその床を這うように動く物体を見ていた


「大丈夫?」


上から降りてきたリンクさんが私の近くに来ると、容態を気にするように見てくる
私はそれどころじゃないと床を指差すも、それを見たリンクさんは全く驚く様子もなく「ああ」と頷いた

知ってんの!?


「チュチュだね。留守の間にどっかから入ってきちゃったのかな」

「えっ…チュチュ……!?」


指差した私の手を取って引っ張り起こしてもらうも、平然とした声色で言われたことに耳を疑う


「チュチュって…あの飲み薬じゃなくて……?」

「そうだよ。このチュチュがその薬」


以前、リンクさんと町に行ったときに雑貨屋でビンに入った赤い液体を見た

やたら赤くて透明で、トマトジュースかなんかだろうかと見る私に、リンクさんは薬だと教えてくれた

チュチュゼリーと呼ばれる飲み薬らしく、飲めばたちまち体の傷が治るとのことだった

嘘だー。なんてそのときは言ったが、この世界の不思議な力は確かに存在するし、実際リンクさんが買って飲んでるのを少しもらったところ、転んだ拍子に切ってしまった口内の傷が治ったのを体験した

味は薬らしい甘さもなく、かといってバカみたいに苦いともなく
なんかどろっとしたゼリーよりも水っぽい、後味はなんか苦いかなくらいのものだった


チュチュなんて可愛い名前の薬だななんて思ったが……こいつが?


「え、え……なんか動いてません?え…?」

「魔物だからね」

「!?」


その言葉に卒倒しかける

バッとチュチュと言われた魔物を見るも、他の魔物とは違って襲いにくる様子はない

顔も体も足も、生命体である部分がなにひとつ見つからないが、こいつは意思のあるように動いている事実はある
私のなかの魔物の認識とはだいぶ違うゆえに信じ難いが、リンクさんが言うならそうなのだろう


「凶暴性は低いから近付いても平気だけど、変に刺激すると仕返しされかねないから大きな声とかは出さない方がいいよ」


地面に放られたカンテラを拾って、チュチュを照らしながら言われたことに、咄嗟に叫ばなくてよかったと息を吐く

そんな私の足元にはさっき落とした木箱がある
中身が無事かと確認しようと、屈んで手を伸ばす

そんな私の頭から全身にかけて、さきほどと、同じ冷たい水が降りかかった


「っ…!」


水ならばまだしも、固形に近いそれはボトボトと二度、三度に渡り短く声を上げる私の真上に落ちてくる

一度は耐えても、容赦なく連続で叩き付けられるその重みに打たれて、地面に倒れ伏す

驚きすぎた私の喉は冷たい空気だけが通り過ぎ、全身にのしかかられるブヨブヨ、ドロドロ、ネチャネチャという感触に叫びたくてもさっき言われたばかりの私には、もやは何も言えない


「〜〜〜!!!!」


そんな私を見たリンクさんが驚いた声を出す


「うわっ!」


視界に入るはひたすら赤い色
他に何があるわけでもなくカンテラの僅かな光に照らされ反射する物体


自力で立てないほどのとんでもない重たさに対し、押し潰されたくないという最後の意思で床に着いていた手を腕から引っ張られ、私の上に乗っかっていた重みがベチャベチャと音を立てて落ちた


「大丈夫?」


さすがに焦った表情で私をチュチュの大群から離して奥にやる
カンテラを上に上げて天井を見るが、チュチュがいたのであろう濡れた跡があるばかりでこの地下にいたやつらは全て床を這っている

しかし私はそんなのを見ていられないほどに全身チュチュまみれのベトベター

頬にひっつく濡れた髪をどかす


「……とりあえず、上がろうか……」


頷けもしないままはしごに手をつけ、結局何も持たないまま地下室を出る

そしてやっと明るいところで自分の体を見るや否や


「きっっっしょ!!!口入った!!あー!もう!やばすぎ!」


やっと口に出せた叫びとともに上着を脱いだ

首筋を伝い服の中にまでチュチュの体液が入り込んで、髪にも顔にも腕にも背中にもチュチュの残骸が張り付いている

私が何したって言うんだ


「ごめん…今まで蜘蛛が入り込むことくらいはあったけど……」


自分家で起こったことであるせいかリンクさんが申し訳なさそうに床に落とされた上着を拾う
地下の室温に晒され冷たくベタベタと粘液のある体が気持ち悪すぎてそのままシャツのボタンを外し、肩から脱いだ


「えっ!脱ぐの!?」


あまりの混乱に途中のボタンを外し損ね、ビキッと嫌な音をさせたのを見てぬるぬるとした指でそのボタンを外す


「ちょっと待って!ここで脱がないで!」

「いやもう本当に無理!なんか絶対背中にいるんですよ!まじで気持ち悪い!無理無理無理!」

「俺も無理!ただの赤チュチュだから!体に害無いから大丈夫だって!」

「そんなの気にしてねーわ!」


拾った上着を再び床に落とし、滑るボタンに手間取る私の襟を掴んで、せっかく脱ぎかけたシャツをぐいっと引っ張り肩をしまわれる

さっき上から降りかかられたときに背中に入ってきた感覚が未だそのままな私はとにかくそれを取り去りたい
背骨辺りを一筋伝われる冷たい感覚はゾクゾクと鳥肌を立たせにくる

地下で叫ばなかっただけ私は十分我慢しているはずだ


「本当にやめて!なまえの着替えとかないから!」

「いいから着替えとか!!まじで背中っ…!本当にやだ!」


ボタンを全部外せたのにリンクさんが両手でシャツを引っ張り離さない
背中に張り付く粘液がシャツに押されて全体に広がる感覚が襲う

捲られたリンクさんの露出した腕を掴んで離させようとするが、チュチュの粘液がついた手では掴むことすら難しい
ただベタベタとした気色の悪さをおすそ分けしているだけに過ぎない


「俺っ…俺の家だから!俺の家で服脱がないで!」

「関係ないんですよ誰の家とか!こんなん外でだって脱いでるわ!慈悲の心があるなら脱がせろ!!」

「慈悲の心があるから脱がないでほしいんだよ!!」


そもそもリンクさんの家でこの騒動が起こったんだぞとも思ったが、さすがにそれは八つ当たりが過ぎると思い言わなかった



しかしそんな誰のための争いなのかも分からない口論を続けた結果、力尽くで服をそのまま精霊の泉にぶち込まれることとなった





チュチュは嫌いだ
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