軽薄短小

□おばけなんか
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私が持つカンテラの灯りは、歩く動きに揺られながら洞窟の岩壁と、ひたすら続く一本道の先を薄暗く照らしている

洞窟の中の湿っぽい冷たい空気と岩に囲まれた独特の匂い
前を見ても後ろを見ても、この手元の火で照らさない限り無限に続くとも思われそうな闇に迫られている


近道だからと仕方なく通過することになったこの道だが、私としては早急に抜け出たいところ


「全然外に出られませんね……地図で見る限りそこまで長い道のりじゃなかったのに…」


冷たく後ろから足の間を流れてきた空気にひやっと身震いした
冷たい空気は下に行くというが、この暗がりの中は上も下も肌寒い


「まだ入ってからそんなに行ってないよ。中腹手前じゃない?」

「まじですか?結構歩いた気がします」


同じように隣を歩くリンクさんが、別段怖がる様子もなくいつも通りのトーンで言ってくる

よっぽど視界の良い開けた場所でもない限り、いつもはリンクさんのちょっと後ろを歩き気味の私だが
ここに入ってはそれが怖くてビッタリと横を歩いている


上からたまに降ってくる水の雫が頭に落ちてきた時はおもいっきりぶつかったので悪いことをしたと反省しているが、前を行くのも怖いし後ろに着いて行くのも怖い

大体こういう不気味な場所って、ビビって1番後ろをついて行くやつほど居なくなるから、そのセオリーに則るようなことはしたくない


外界からの音も遮断された洞窟では、私とリンクさんの足音しか聞こえない

魔物が出るようであれば、粗雑な彼らの気配を察知することはできそうなものだが、今のところその気配もない

外でいの一番に気をつけるべきは魔物の存在だが、ここにいたってはそれ以外のモノも居そうで嫌だ


そう思うも、ここは私のいた世界とは色々違うもので
すでに常軌を逸した事象が起きているのだから、そんなモノを怖がるのもおかしなことかもしれない


「あのー、ばかみたいな話かもしれないですけど……この世界って幽霊とか……おばけとかって存在は、その……ありなんですか?」

「うん。聞くよ」


まじかよ
絶対いないと思ってた


いや、別に居ないと思ってたとかじゃなくて魔物とかいう化け物がいながら、幽霊なんて微妙な存在恐れる人なんか居ないだろうという考えがあった

だから幽霊という文化や言葉自体あるのかないのか…そんな意識だったが、あっけらかんと答えたリンクさんに驚きを隠せない


「城下町のどこかの家は人の様子がないのに苦しそうな呻き声が聞こえてくるとか、森の中で迷って出られなかった子供の魂が森に入る人間を惑わして出られないようにしてくるとか……そういえばマロでも怖がった話があるけど聞く?」

「いや!大丈夫です!」


あの現実主義なマロ君が怖がる話は裏付けがありすぎる

絶対聞きたくないと自分の腕を押さえながらリンクさんから一歩離れる
そんなに?とか言われたが、そんなにだ。


じゃあこの世界にも幽霊はいるんだなと認識を改めて一歩離れたまま歩き出そうとした私の足首に、何かがガシッ!!と掴んできた


「うわあっ!!」


掴まれた衝撃に叫び飛び退いてカンテラを投げた

離れたはずの距離を一瞬にして詰め寄り、舌の根も乾かぬうちにリンクさんにぶつかった

何事かと心臓を鳴らしながら、足を掴まれた辺りの地面からは見覚えのある大きな手が影から伸びていて、私の投げたカンテラを見事にキャッチした


「おーおー、いい反応するよな。甲斐があるってもんだよ」


話を聞いていたらしいミドナさんが、ここぞとばかりにいたずらを仕掛けてきた

正体の分かった安心に胸を撫で下ろし、首を横に振る

転びかけた身体を支えてもらってた手から離れ、満足そうなミドナさんを見た


「まじで……まじで勘弁してください。死んじゃうから……」


そうして歩き出す際にミドナさんがリンクさんにカンテラを渡した

突然の切迫感に満身創痍でそれどころではなかったが、もはや私の仕事はなくなってしまった


「怖がりすぎなんだ。オマエはさ、もうちょっときっちり構えとかないとビビらなくてもいいものにまで気が小さくなるぞ」


ザワザワと落ち着かない気持ちが全身を支配して、両腕をさする私にお説教してくる

今のは私じゃなくても怖がると思うが……けれどビビリなことに間違いは無いので、そこに反論の余地はない


「すみません……」


事実、ただ足を掴まれただけだというのにここまでびっくりしているとなるとこの先を生きていけるか自信がない

でもやっぱりあんなの誰でもビビるだろと思いつつ、情けない気持ちだ

そんな私の心中を察してか、ミドナさんがアドバイスしてやると、私とリンクさんの間に入った


「魔物を恐れないにはオマエ自身が魔物より強くなるしかないが、天変地異が起こったって、それが見込めないのは火を見るよりも明らかだ」


喋り始めからずいぶんな物言いをするミドナさんの後ろで、一緒に聞いていたリンクさんが頷いている

こいつら……


「あとはユーレイだのオバケだの……そんな曖昧な存在を怖がる方がバカみたいだけどさ、ヤツらは信じる者に引き寄せられるという。そこで信心深いオマエに朗報だ。
 実はユーレイを寄せ付けない方法がある。それもたった気持ちの問題で、今にタダでできるんだぜ」

「は、はあ……」


心向きだとか、ネガティブな気持ちをポジティブに切り替えろとか、信じる奴のところに出るとかそういう話はそりゃたくさん聞いてきたし
私ももちろん信じないでいられるならそうしたい

でもできないからこそ今に至るわけで、あまり期待はない

そんな私の気持ちすら先回りしたのか、いいか、よく聞けよ。とミドナさんは予想外なことを言ってくる


「エロいことを考えろ」

「……は……?」


一瞬言葉の意味を理解できなかったが、じわじわ浸透させた認識でミドナさんに不可解な眼差しを向けた
前を見ていたリンクさんもミドナさんに顔を向けて怪訝な表情をしている

気にした様子もないミドナさんは「話は最後まで聞けよ」と静止するように手を出した


「まあ…ユーレイとかいう存在がいるとして話を進めるけどよ、知っての通りヤツらには命が無い。それはもちろん生命力という話で……『エロいこと』となるには元来性欲…延いては子孫繁栄に繋がる行為ってことだ」


淡々と喋ることにこちらもポカンと聞くばかりだが、間違ったことではない
突然保険の授業始まった


「つまり生命力の塊ってわけ。生命の無いヤツらはその意識とは正反対な存在であって、苦手分野には近付かない……っつーことで、怖がるヒマがあったらエロいことを考えて変なヤツを遠ざけてみろ」

「それ、自分がより変なやつになるって話では……」


イタズラで私を引っかけにきているのか、それとも本当にそういう説があるのか

でも何となく頷けない内容でもないせいで一蹴してスルーするともできずに微妙な気持ちに挟まれている

しかしその私の反応にミドナさんがじゃあオマエは、と選択肢の数指を立てられる


「このまま何もせずに憑かれるのと、たったこれだけのことで寄せ付けず安全に過ごせるのならどっちがいい?」

「いや……まあ……後者に………そうか、そうですね………」


完全にアドラー心理学を悪用されているが、しかしこうも堂々と言われると肯定せざるを得ない

とはいえ…エロいことか……


「……」


そうして言いくるめられた私は顎に手を当ててうーんと、言われた通りにどうにか考えてみようとするが、唐突に言われたんじゃいくらなんでもちょっと考え付かない


「……………………あー……やっぱり急に言われても捗らないもんですね……ちょっと……リンクさんどうです?なんかある?」

「俺は別にオバケ怖く無いから考えなくて平気だよ」

「ああ…そっか……え〜……」


怖がってる感情を一気にピンク一色にしろというのも存外無理な話だ

だけど幽霊なんぞに会いたくない私はミドナさんと審議する


「エロいことって言ったって、性癖を考えるのでは生命力になんの影響もなさそうですよね。
 分解すればただの『癖(ヘキ)』なわけですし………となれば生命力に直結するものって、思考の中ではちょっと難しくないですか?」


エロいことと言われて頭に浮かぶのは、いかにエッチだと思える部位とかシチュエーションとかフェチに関することだろうが、それはミドナさんの提唱した説には及ばなそうだ

もちろん『エロい』の中に入ることではあるけれど、それ自体に生命力が携わるかは別の話だ

だってそれが別にならないのなら少女漫画はエロ本の部類に入ってしまうことになる
エッチはいいけどニッチじゃだめだ


「じゃどうすんだよ」

「いやぁ……どうするというか………。
 だって例えば、性癖として私が男の人の手が好きってことにするでしょう?女の人のも好きですけど……まあ、そうなるなら私としては人の手を見てエロいと思っても、幽霊的観測値で『エロい』に加算されなければ意味ないじゃないですか」

「確かになー…でもそしたら思考で寄せ付けないってことが無理があるかもな」

「もう……オバケ出たとしても俺がどうにかするからさ……この話やめない?」

「いや、オバケに物理攻撃が効かない可能性もありますから…やっぱり会わないに越したことはないです。ちょっと待って………考えるから……」

「考えてほしくなくて言ってるんだけど…」


リンクさんがいつになく弱気なトーンで呆れている

確かにリンクさんなら何が出てもどうにかしてくれそうなものだが、出ないでもらえるなら100%そっちがいい
それに幽霊のような理から外れてるやつをどうにかできるとも限らない
悪いけどスルーする


しかしそもそもここまでの案は所詮は頭の中で済まされていることなだけであり、行動にも現れないものであるゆえに外にも発散されず本人にしか分からない微弱な意識だ

その上でフェチとか、下ネタにも部類されづらい内容ではオブラートに包み過ぎな気もする

幽霊やお化けとか…そんな未知の存在が相手なのに、あまりに弱気な思考回路では普通に負けていると予想する


「エロいにしても、もうちょっとダイレクトにしないと伝わりませんよね、そもそも生命力が重視なわけですから、こう…ドバッ!と生命!みたいなのをそこかしこに感じる……幽霊が引くほどのえっちなものじゃないと………」


真面目にそう考えている私に、分かった!となにか閃いたようにミドナさんが手を打つと


「頭ン中でセックスしてみろ!」

「ミドナ!!」

「わお!直球」


堪りかねたリンクさんがさすがに怒ってミドナさんを黙らせようと口を塞ぎかけたが、その手をするりと避けて言葉を続ける

ミドナさんの口から聞きたい言葉じゃないが緊急事態と考えれば、そこまで気にしてられない


「落ち着けって。何もワタシだってただ下世話な話をしたいんじゃない。
 思考っていう弱い信号の中じゃ、よっぽど強い題材を持ってこないとヤツらを祓うとまではいかなそうって考えだ。
 性癖やフェチなんていう表面だけのものじゃなく、もっと生命力に直結したストレートな想像を凝らす必要がありそうってことだ」

「もういいから、オバケなんかいないって!」

「とはいえ……さすがに難しいかもしれないです………これ全年齢設定ですし、ちょっとセンシティブかもー。
 まあでも想像だけですからね……頑張ってみます」

「ああもう黙って!頑張らなくていいから!」


珍しく私より声の大きいリンクさん
私は何とかありあまる想像力をつかって真面目に頑張ろうと思い、集中しようと両手で顔を覆って思考に徹する


「あーはい……黙って考えますから……ちょっとお待ちください……」

「だから何も考えるな!ちゃんと前見て歩いて!」


普通に正論を言ってくるリンクさんが顔を覆う私の肩を揺すってやめさせる

私はこういう話って結構真面目に考えるタイプだけど、リンクさんは元から幽霊を信じていないのもあるせいか否定的だ

まあ、会話至上最低な話題ではあるから分からないでもないけど


「でもじゃあどうするんですか。対策しないまま本当に幽霊に憑かれるとか呪われるとかしたら!私リンクさんが取り憑かれてもどうもしてあげられないですからね」

「この場から居なくなれるなら…俺、取り憑かれてもいいよ……」

「何言ってんだよ!オマエが居なくなったら誰がこの世界救うんだよ。勇者に代わりはいないんだぜ」

「…………」


ふたりして不満な顔で詰め寄ると、リンクさんは呆れた表情でそれ以上何も言わなくなった
もしかしたら彼は心中、初めて勇者であることを後悔したかもしれない










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