軽薄短小
□お泊まり止まり
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初めてリンクさんの家に入ったのは、この世界に来て間もない頃だった
ある日突然リンクさんの家の前に現れた私は右も左も分からず、ただ時間の流れを早く感じていた
一日を過ごした気分でもなく、真新しい景色に目を回している間に時間が過ぎ去っていた
何を見ても何を聞いても特に記憶に残らず、目の前で回る時計をボーッと眺めていた感覚だった
よくもまあその現実に耐え抜けたと過去の私の柔軟さに賞賛を送るばかりだが、そんな私をグーで殴り叱り飛ばすことがある
リンクさんの家のこと、全然記憶に無い
当時は誰の家とかどこの物とか何にも気に留めている場合ではなかったものの、今にしてみれば何て惜しいことをしてしまったんだと後悔する日々だ
いや別に私だって何も人の家なら何だって良いわけじゃない
そんなそこらの人捕まえて家ついて行っていいですかなんて聞くわけないし、ケータイ充電するためだけに家に上がり込むなんてことはしない
ただリンクさんの家だから後悔してるんだ
あのリンクさんの……『あの』リンクさんの家だぞ
レイアウトから家具の趣味からよく使うカップまで……
何でもっと見ておかなかったのだろうか
何から何まで細部を見たい
あー、願いが叶うならいま一度リンクさんのお家に行きたい……
と、いう願いは神に届いた
「じゃあ、今日は俺の家で休むでいいよね」
トアル村に用のあったその日、もはや次の目的地に行くには日が落ちていた
トアル村はだいぶ辺境の地にある
この辺りの1番の賑わいどころのハイラル城近辺ということもなく、他に町や村があるわけでもなく、わざわざこの村に用があるというのでもなければ、こんな辺鄙な場所に来ることはない
それほどまでに周りに何もないこの村
初めて来た日以来、トアル村自体に用もなく
リンクさんの家に上がることも皆無であり、無念にも素通りというばかりだった
奇跡的に村に用ができたと、久しぶりに帰るというリンクさんに多少期待していたところはあった
しかしまさかこんな日が訪れるとは…
リンクさんの家に泊まる!?!?
マジ言ってまして!?
荒ぶる心中を表に出さないように、必死に顔に力を入れて口を結ぶ
目は口ほどになんていうし、眉間に力を入れて目を閉じ祈るように喜んだ
「嫌だった?」
リンクさんの家に泊まるという提案に何も返事をしない……てかできない私にリンクさんが振り向いた
「そんなわけっ…………い、いや、えーと……私も上がっていいのなら……」
「別にいいよ。前にも上がったことあったよね?」
口を開いたことで喉まで来てた歓喜が飛び出しかけたが、何とか飲み込み心を落ち着ける
否定するわけはないが、あんまり喜ぶと変なやつだと思われそうでひたすら平静を装うことにする
内心ニチャッても表面に出ていないなら大体この世は事なきを得られる
トアル村からの出口となる一本道を歩き、来た時に素通りしたリンクさんのお家のある開きに出る
リンクさんの家は二階建て
大樹の幹に寄り添って建てられたこの家は自然観に溢れている
はしごを登り二階から入るこの家はなかなかユニークだ
木の造りがまたツリーハウス感を演出して子供のころの夢みたいな見た目
なんで村から若干離れた一人暮らしなのか意味深だが、まあリンクさんの神秘ということで不躾な疑問は胸にしまっておく
「落ちないようにね。しばらく手入れしてないから、もしかしたらちょっと劣化してるかも……」
「はーい」
先にはしごに手をつけ、とっとと登るリンクさんにウキウキで着いていく
扉を開けて待っててくれた玄関を潜り、浅く頭を下げながらお邪魔する
「失礼しまー…す」
そうして見たリンクさんの家
重ね置かれた大きな絨毯に、調理用のかまど
壁際に置かれた数人分のテーブルにイス
花瓶なんか置いちゃって、棚には色違いサイズ違いの本が揃えられることなく差し込まれている
すでにはしごを登ってきたというのに部屋の真ん中辺りには更に上に続くはしご
それを登った先には柵のついてない二階
ロフトにしたったって、およそ無事な生活をさせる気があるのかないのか微妙なところだ
メインフロアにあるかまどの隣には料理するのであろう調理場らしき作業台がある
その上に置かれた木のまな板には包丁のようなでかい刃物がぶっきらぼうに突き刺さっている。正気の沙汰の保存方法ではない
「適当に座ってていいよ」
そう言うリンクさんは荷物を外し、帽子と重ねられた上のシャツを脱いで玄関の側の壁際に置く
チェーンメイルと呼ばれるものを着ているのが窮屈なのか町や何かの宿に泊まればいちばんに脱いでいる
白いシャツの袖を数回折って捲るリンクさんを横目に、はしごを登る際に肩にかけたカバンを手に持ち替えながらかまどの隣のイスの足元にカバンを置く
すぐ側には写真が壁にかけられている
リンクさんってこういうの飾る派なんだ
テーブルに置かれた花瓶の花は枯れ果てて花びらが落ちてしまっている
そう……花瓶……花飾るんだ………わざわざ?毎日?
………ふーん……
かまどの中を何やらいじった後に、隣に置かれていた薪を何本か入れると、玄関口につけた灯りから取ってきた火をかまどに移す
一緒になって頭を屈めてかまどを覗く
中には宙吊りに引っ掛けられた空っぽの鍋
火のついた熱に目が熱くなる
かまどの下には灰が少し溜まっていて、上に置かれた新品の薪に火が燃え移っていく
「楽しい?」
おおー、と感嘆の声をあげる私と顔を合わせて聞いてくる
さすがにここに住んでいる人にこの感動は伝わるまいと力説はしないが、とりあえず何度か頷いて見せた
その反応に短く返事すると鍋を取って流し台に入れた
何の準備もせずに家に帰らなくなってしまったせいでところどころホコリが積もっている
せめて掃除でもしておきたい気持ちはあるが、人の家を掃除するというのも……
ということで黙っておく
鍋を洗い始めるリンクさんを後ろから覗いて、せめてと思い聞いてみる
「やりましょうか?」
「いや、いいよ。しばらくほったらかされてたからこびりついてて硬いから…」
「なるほど……」
そう言いながらガシガシと汚れを落とすのに視線を落とすが、遠回しに力足りないって言われたか?
…いや、被害妄想だな。何も思うものか
そんなことを考えながら静かに下がろうとする私に、思い出したようにリンクさんが「じゃあ」と振り返る
「地下に小さい箱があるんだけど…多分見たら分かると思うから、それ持ってきてほしい」
暗いからカンテラ持って行ってね。と言われる
手持ち無沙汰な気持ちだったために、役割をもらったことが嬉しくてイキイキと返事をする
カバンからカンテラを出そうと開けながら、はたと思い立つ
地下って…どこの?
カンテラを引っ張り出して、火をつけようとフタを開けながら立ち上がる
周りを見るも、この家には縦長な作りでしかなく、地下など見当たらない
カンテラが必要なくらいだし、外にでもあるのかなと思い聞いてみる