軽薄短小

□ヤンデレたい
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まだまだ日は高いうち

歩き通しだからちょっと休もうと、広大な平原の大きな木の下で座って、立てた膝に肘を置いて木漏れ日を拾うように手を器にして照らしてみる
暇の極み

まるで木漏れ日を転がすような動きをしてチラチラと手の上を移動させる
正しくは、手を移動させてる。だけど


なぜか分からないけど、リンクさんはちょっと向こうにある木の方に行っちゃったから
ここには私と、多分木の影の中にミドナさんがいる


「……」


できるわけは無いけど、器状にしてた両手を握り合わせて木漏れ日を捕まえてみる

もちろん握り合わせた手の上に光が照らされるわけで、私の手の中には何もないことになる

高い日に、ちょうどいい日陰
眠い

握った手に軽く顔を乗せて目を閉じる

あ、なんか願ってるみたい



「………ヤンデレになりたい……」



唐突な願い

それを聞いていたのか、ミドナさんがどこかからか出てきて


「なに、やんでれって」


と聞いてきた
なに、と言われると分からん

ヤンデレの意味を詳しく説明したことない

聞かれたら律儀に答えようとしてしまうが、あんまり本当のことを詳しく説明したら引かれることは明白

なので私はそれに目を開くこともせずに、頭を使わず話す


「……………なんか………病むほどデレるんですよ……」


自分でもちょっと何言ってるか分からない

ミドナさんはそれで分かったのか分かってないのか…

いや、分かってないよね
分かるような説明してないし


「ふーん……オマエがなれるものなの?」


と、反応してくる
声が上からするから、木の枝の上にでもいるようだった


「………まあ、対象が居ればなれるやも……
 …あ、いや、結構力がいるかも……」

「じゃあムリだな」


正直メンヘラにはなれてもヤンデレにはなれる気はしないが、ヤンデレの素質を考えると、やっぱ監禁とか拘束とか、なんなら殺傷とか、そういう感じを想像するに

監禁できる場所と、拘束できる力と、殺傷できる強い精神が必要だと思いつく

物騒だ


「なんでなりたいんだよ」


ヤンデレに必要な材料を言った瞬時に否定してきたミドナさんは、そのまま質問を続けてくる

今日ひたすら歩いて歩いての移動ばかりでつまんないんだろうか

思ったより喋るミドナさんを珍しく感じながら目を開けて、手を膝に重ねるとその上に頰を乗せる


「いやー…、病むほど人を好きになるんなら、それも幸せそうで……いいなあって……」

「ふーん…。それになるのはどのくらい力がいるんだよ」


やたら質問してくるけど、多分ミドナさん『ヤンデレ』の『病む』も理解してないからほぼ8割聞いてないと思う

いや、まともに説明してない私が悪いんだけど


「力………。そうですね……もしも対象が暴れたとして…それを圧倒できる力がいるので、その時それぞれかも」


ほどよい風が辺りに吹いてシャラシャラと木の葉が鳴る

空は高く青く澄み、太陽に風と草の匂いが立ち込めて

そんな中のヤンデレ話

あまりに不釣り合いである


「じゃあ………オマエが力で勝てるヤツなんて居なくないか?」

「…まあ、そうですね。
 私が…うーん……女でも力互角なら無理だし、子供、は……そもそも倫理的に駄目だし……。
 はあ…そこらへんに身寄り無い非力で、か弱くてそれでいて監禁しなきゃ駄目!って思うくらいのイケメン落ちてないかな……」

「注文多いな…」


伏せてた顔を上げて手を後ろに伸ばす

立てていた膝を伸ばして草の上に足を乗せる
ふと、前にやった体力測定の時の長座体前屈の数値があんまり良くなかったことを思い出して、手を前に出して体を倒してみる
昔バレエ習ってたとかいう子の、ビッタリと足に体がくっついている柔らかさを見て震えていた

うーん

無理だ


「じゃあ、ワタシが男だったらオマエ、ワタシに『やんでれ』するのか?」

「え!?
 ………できるなら、やぶさかでは………あー、でもミドナさん力でどうにかできなさそう。どこからでも逃げれちゃいそうだし」

「フフン。まあな」


なんか声色が自信ありげ

てか、やっぱこんなこと聞いてくるなら、ミドナさん絶対ヤンデレ分かってないよ
でも今さら内容をしっかり説明したら逆に怒られそうだ


「ミドナさんって、その髪の方は力ありそうですけど、実際の手の握力とかはどのくらいなんですか?意外と強めとかあるんですか?」


手をまた後ろに着いて上を見上げる

木の間から差し込む光が眩しいのと、元々影の姿のミドナさんをその中から見つけられない


「握力?…さあな……握力って、数値で表せるもんなのか?」

「え、あ、あー……」


流れで体力測定のことが思考を占めてて、あのミドナさんの小さい手の力を知りたくて聞いてみたが

確かにこの世界に握力測定器とか無さそう…
いや、知らないけど


「あ、じゃあちょっと握手してみましょうよ。力入れてもらったら分かるかも」

「オマエ、ここが光の領域だってこと、忘れてないか?」

「あ」

「何の話してるの?」


私のポンコツっぷりを発揮したところで、リンクさんがりんごをふたつ持って戻ってきた


「あれ。どうしたんですか、それ…」

「向こうの木になってるの見つけたから取りに行ったんだ」


そう言って持っていたひとつを私に差し出してくれる

やったー、とお礼を言いながら両手で受け取る
この世界のりんごって凄い赤くて綺麗だけどやたらでかいよな

くるくるとりんごを一周させて見てたらリンクさんがりんごを齧りながら向かいに座る

りんごを丸のまま食べるのって初めて


「あ、あ、じゃあミドナさん、今度また影の領域に入ったとき試してみましょうよ」

「やだね」


食べようと顔に近付けると、りんごの良い香りがして嬉しくなる
良い匂い〜
機会があったら次の香水はりんご系試してみるのもいいかも


「何の話?」


私の提案は秒で蹴られたが、りんごがある私にはダメージが薄い

香りも楽しんでから齧ろうとしたけど、思ったより歯が立たなくて、先に振られた話に律儀に答えることにした


「なんか、ミドナさんの握力を知りたくて…身を持って知ろうと思ったんですけど、失敗しました」

「…へえ……なんで?」


答えた後にもう一度歯を立てるが………え?無理なんだけど
傷ひとつつかないとはこのこと
つかまず歯を立てられるほど顎が開かない

そんなりんごとの戦いの最中にリンクさんがシンプルに当たり前の疑問を聞いてくる

この話の流れで当然の質問ではあると思うが、最初から説明するには色々と言いづらいものがあった


「…あー……私がミドナさんに恋ができるかの線引きをするのに必要で…」

「そんな話してたか?」


若干、というかだいぶ説明を省いたが、掻い摘めばそういうことだ

しかし……りんご硬っ
全然無理なんですけど
でかすぎて口痛い


「じゃあもしかして告白?ミドナ、どうする?」

「は?どうもしないに決まってるだろ。何言ってんだよ」

「んふふ……次にミドナさんに触れるときは手繋いで歩きますから、よろしくお願いします」

「絶対やだね。オマエ足遅いもん」


そこかなあ論点
まあいいけど

そう思いながら何とかりんごを食べようと試みるも、りんごの表面を滑るだけでおよそ食べられそうな勝機がない
取りつく……齧りつくしまもない


「いいよもうオマエ、リンクの握力調べてやれよ。握手してさ」

「死にたくないです」


そんな私にミドナさんが危険な話題を投げる
「握手して死んだヤツなんかいない」なんて返されたけど、私はミドナさんのあの小さい手を見ているからこそ、その方法でも良いと思えたわけであって
そんな人体実験をしたいのではない


「握力……」


ほらもうリンクさんが自分の利き手を差し出してきた
下手なこと言うなよまじで
なんならこの人その持ってるりんごだって握りつぶせるのに


「勘弁してください。絶対嫌だ」


首を横に振って死にたくないことを意思表明する

しかしそうしてる間にリンクさんはとっくに食べ終わってしまった
はやくね
まじいってまして?


「ちょ……凄いですね。いっこもいけないんですけど…どうなってる?」


最後の一口を食べ終わり立ち上がったリンクさんを見て自分の手元に視線を落とす
おかしいな、りんごを齧る場面は結構見てきたつもりだけどこんなに難しいなんて

「口が小さいから食べれない〜」
みたいなことをしたいんじゃない本気で無理

りんご飴ならいけたのに……ああ、あれは小さいからいけたのか……丸のままいくにはこれはでかすぎるよ……あまりにも

だって両手に収まるったって私の手は赤ちゃんサイズじゃない

力量は赤ちゃんよりかはあるけど…それで賄えないよこれは


「オマエ、やんでれってやつには一生なれないな。りんごひとつどうにもできやしない」

「なんてこと言うんです。反論できない!」


そうして持ってたりんごを、立ち上がったリンクさんがひょいっと取り、ガリッと一口齧って咀嚼しながら私の手に返した


「ん」

「あ、どうも……」


すご
一撃かよ

そうして浅く齧られた場所からやっと食べられるようになったと、受け取って記念すべき一口目をつけることができた


「んー!美味しいです!甘いですね」

「ゆっくり食べてていいから」


何だか待たせてる気がして悪いが、思ってたよりも甘くて美味しくて、つい味わってしまう

そうして食べ進める間にふと思う


さっきの、完全に介護されたよな


いや、というよりあれは……子供扱いか?
だって昔見たことあるよ、ミルク卒業したての赤ちゃんにお母さんが一度食べて細かく噛み砕いたのを食べさせるやつ

私はやられたことないし、ご時世的にも無しなものにされたらしいけど、今のはそれに近しいものがあったぞ
気付かず喜んで食べてしまったけど…え?私への認識どうなってる?


「……オマエ、今の……完璧に赤ん坊だったよな?」

「ごほっ!」


色々疑問は出たものの、言ったところで私が損するだけだと黙っていることにしたのに、見ていたのであろうミドナさんがとうとう目の前に姿を出して笑いを我慢したような声で確認してくる

気恥ずかしさと、やっぱりそう見えたらしいという共感に笑いが込み上げてくる


「え…やっぱ……そうですよね……介護でもない……」


喉に詰まりかけたのを飲み込んで笑いをこらえる

リンクさんは特に気にしてなかったみたいで何も言ってこない

じわじわとさっきの行動を振り返るミドナさんのトーンが上がっていく


「オマエ……嘘だろ……!だらしねー!!」

「いや違っ……だってしょうがないじゃないですか!丸のまんまで食べたことなんかないですもん!そもそも私の口のサイズに合ってないし!」

「だからって人にやってもらわなきゃ食えないなんておかしいだろ!もうオマエ物食うなよ!」

「何言ってんですか!せっかくもらったのに食べないなんてもったいないでしょう!」

「食わせてもらってよく言うよ!そのうちスープまで冷ましてもらうんじゃないだろうな!?」

「んなわけないですよ!ど、どんな……」


餌付けじゃねーか!とあまりの非力さにミドナさんが笑いを含みながら呆れ返る

私はその言葉にもはや開き直った笑いが抑えられない


「やってって言われたらやるよ」


悪意もなさそうに笑顔で言うリンクさんに追い討ちをかけられ、私への最悪な評価にミドナさんと大爆笑する

腹筋のもたない私は地面に倒れて笑う

やらなくていいから、誰が頼むかよ

私を情けなさで殺すつもりだ

何をしたっていうんだ


喋れなくなるほどゲラゲラ笑う私をおいて、ミドナさんは息を切らしながらも先に回復して、バカにするでもなくただびっくりしながら言う


「しかもオマエ……気にせずいこうとしただろ、せめて何か言えよ!赤子扱いされてんだぜ….…どうかしてるよ…」

「あーもうやめて……死んじゃう……」


呼吸困難になるほど笑う私に畳み掛けてくる言葉に口角が痛い

せっかくリンクさんが食べられるようにしてくれたのに、全然口をつけられない


「いや死んだ方がいいよオマエは。一回生まれなおせ」

「まあ、誰しも得意不得意ってあるから、許してあげなよ」


ミドナさんの辛辣なお言葉にリンクさんが言う

私はその擁護にもなってない言葉に咳のように噴き出し、もう笑う体力もないのに込み上げる

どんな人間と思われてるんだ私は
不甲斐ねえ〜〜

ミドナさんは怒りと笑いを含んだ声色で「だからオマエが」と言いかけたが、途中で諦めてしまったように投げてそれ以上何も言わなくなってしまった


「そんなつもりなかったから、気にしないで」


ゼェゼェと息切れしながら、力の抜ける腹筋に鞭打ち何とか起き上がり、目頭に滲んだ涙を目を擦らないように拭った

フォローのつもりかリンクさんが優しく言ってくる

もういいよ、私は非力最上級だよ。最下層か


「はあ……もう、一生着いていきます……」


貧弱、軟弱、無能という言葉がぴったり似合うほどの評価を再認識し、デレる間もなく私はただ病みそうだ
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