軽薄短小

□逃げて逃げて逃げまくれ!
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「うーー……ん?」




そう唸るは、影から出てきてキョロキョロと周りを見渡すミドナさんだった



何気なく森の入り口へと歩いているときにスルリとミドナさんが影から顔を覗かせた

こちらから話でも振らない限りなかなか自分から出てくることはない
珍しいと目をやったが、リンクさんに用がある感じでもなく、だからと言って私に何かあるようでもなかった

ただ周りの景色が気になって見にきたのかななんて思って声は掛けないでいたが…

私たちからそう遠くは離れずとも、くるくると周りを落ち着きなく観察しているのを見てリンクさんと顔を合わせた


「どうかした?」


そうしてふたりでミドナさんを見ると、こちらを振り向くこともなく


「…んー……いや…………リンク、オマエ何か感じたか?」

「?」


探すようにあらかた周りを見たミドナさんは最後に首を傾げた
私は質問の意図も分からずリンクさんを見るが、どうやらリンクさんも思い当たる節が無さそうに瞬きすると同じように周りに顔を向けた


「………いや……分からない」

「そうか……なんでもない。気のせいだったみたいだ」


五感が鋭敏なふたりは基本私より先に色んなことに気付くことが多いが
なんだかミドナさんは微妙な感じだし、リンクさんも分からないようで意見を聞くように私に顔を向けてきたが、当然私は何の話かすら分かっていないので首を横に振る


「……雨の匂いがする。雲も厚いし、どっか避難場所考えた方がいいぞ」


影に戻りにきたミドナさんは下に視線を落として言う

確かに横からくるグレーな雲は晴れ間を埋めにきている
しかし運悪くこの近くには町もないし、屋根があるところは当分望めそうにない


「霧が出たら面倒だな……良さげなところがあったらそこで今日は終わりにしよう。見つけたら言ってね」

「はあい」


なんて頼まれてはみるけど、こういうときに役に立つことは大体ない

今日も野営か〜

内心残念に思いつつ、更に雨に打たれるのは嫌なのでせめて雨くらいは凌げるところを積極的に探してみる

しかしミドナさんがあんな風に出てくるのは初めてだったから、気のせいで片付けきれずに、やけに目を凝らして耳を澄ましてしまう


「ミドナさん、何が気になったんですか?」


何でもなかったにせよ、何を感じ取ったのか知りたくて愚直に聞く

私の言葉にミドナさんがぴょこっと顔を出して片手を影から上げてきた

開いた手のひらに私もお姫様をエスコートするように手を差し伸べる
ミドナさんの手は小さいので人差し指と中指の2本ほどを握らせて引っ張り上げる

とはいえ彼女の力でふわふわ浮いて身軽ゆえに特に力は必要ない
最初は何となく親切心の気持ちで始めたけど、最近はミドナさんからも手を出すようになってきたので、毎回じゃないけどやっている


「なんかなー……妙な……気配というか…匂いというか………一瞬だけだったけど…」

「匂い?」


気配の感覚はちょっと分からないので鼻を利かせてみる

草と土と…言われて気付いた湿っぽい雨の香り…
私がギリギリ分かるのはこれだけだが、おそらくこういったものじゃないだろう


「嫌な匂いだった。生臭い…汗臭い…腐った匂い…そういう系の感じ」

「え〜やだ。動物の糞とかですか?」

「うーん…そうかもな。一瞬だったし…」


肩をすくませたミドナさんに、思ったより嫌なものだったと口を歪ませた


「ま、とにかく今は雨の匂いだ。早いとこ寝ぐら探そうぜ」


そう言って影に入るのを見届けた私の鼻の頭には、ポツリと雫が落ちてくる


「わっ、本当に降ってきちゃった」


私の反応にリンクさんが先を歩き始める
森の木々のしげみの下であればよっぽど本降りにならない限りは風が木の葉の雫を払って落ちてくるほどばかりで、比較的濡れにくい

とはいえ着替えはないし濡れたいわけはない
早足になるリンクさんにちょっと急いで着いていこうとしたところで足元が疎かだった
つま先に何か引っかかった


「うぉっ…と…」


こういう足場の悪い環境には慣れたものだが、転けるのは珍しくない
蹴躓いただけで済んだが、足元を見て確認する
どうせ木の根とかそこら辺の物かなんかだろう
幾億回それらに転かされたか分からない

チラッと見れば…ああ、やっぱ木の根だ

そう思い顔を上げる


「……?」


いや、それにしては白かったな


ふと今しがた見た物に違和感を抱いて振り返る

見たのは根じゃない

骨だ


「っ…」


土に汚れていたけど間違いなく木じゃなかった
驚きはしたが…ここは森だし野生の獣たちがたくさんいる
自然の摂理的にそこまで不思議なことじゃない
動物のものだろうと特に何も言わないことにした私の代わりに、リンクさんが口を開く


「家がある」


あまりに予想外な言葉に顔を上げる

こんな森の中に?
と思ったけどリンクさんの見る先には確かに小さな小屋があった


「えー本当だ。誰か住んでるんですかね?」

「うん……灯りはなさそうだけど………とにかく行ってみよう」


雨雲のせいで陽の光が遮られ、森の中は暗さが増してくる
私が転けたのを知ってるのか、リンクさんが後ろにいる私に手を差し出してくる

別に必要ではなかったけど、こんな森の中にある灯りのない小屋が怖くないわけじゃなかった

親切な手を取ってやや斜めになってる道を上がり小屋の側へ行く

城下町のような石造りの家とは違った、木で組まれた小さな家だ
窓のような囲いがあるが中は暗くてよく見えない

覗けば見えそうなものだけど…中に人がいた場合のことを考えるとちょっと気が引けるのでやらない


「こんなとこに住んでるやつだぜ。熊みたいな見た目かもな」

「そうだったらこの家にはあと三人は入れそうにないですね」


リンクさんが扉をノックして中からの返事を待つ
影に入ったミドナさんが呟いたことに私も声を小さくする


「……」


数秒待つが特に返事はない
それどころか物音ひとつ聞こえない


「……すみませーん…」


リンクさんと顔を合わせ、森の中でノックだけじゃ出てくれないのかもと思って恐る恐る横から声をかけてみるが……



…………。



依然なにも聞こえない

続く静寂に、リンクさんはノックした手でそのまま扉の取っ手に手をかけた


ガチャ


捻って引っ張れば意外にも簡単に開いた
ゆっくり開いていく隙間から中を覗いてみるが、思ったよりも生活感のある内装が見える

足の高い丸いテーブルに、イスがふたつ
棚があってベッドがあって火のついてない暖炉がある

扉を全部開けたけど、扉にぶつかっていたらしいバケツが転がってきただけで、他に動くものはなにも無かった


「…誰も……いないですね……」


影から出てきたミドナさんが私の肩に手を置いて中を覗く
部屋は暗く、冷たい空気が止まっている
若干甘いような香りがする

生活感はあるのに人の気配はない家は、ずいぶんガランとして見えた


「熊が通った後かもな」

「やめてくださいよ……」


リンクさんがギシリと軋む音をさせながら一歩部屋に足を踏み入れた

玄関口に転がるバケツを拾って扉の横にそっと置いてみる
床には砂が散らばっていて、棚には埃がわずかに積もっていた


「しばらく人がいた様子がないね… なまえ、カンテラ出して。火をつけよう」

「あ、えー…はい」


倫理観が無いわけじゃないけど
この空気と、さっきより降っている雨を見ながらカバンからカンテラを出す

部屋の中を暖炉の横にある薪を数本入れて、カンテラで着けた火を暖炉に移している間に部屋を見回す


「イスにカップにカトラリー…ふたり居たって感じかな……」


ミドナさんが部屋にあるふたつずつの物を指して言う
暖炉に着いた火の灯りが照らして、さっきよりよく見える

ボロいわけじゃないけど、ただ人がいなくなっただけの寂れようだ


「甘い匂いがしませんか?」

「パイプ草の匂いだ。…住んでる人が吸ってた…ん…じゃないかな」

「……パイプ………」


パイプタバコだなんて、なんかアンティークだ

窓のそばに行って外を見ると、さっきよりも雨が強くなっていて、言ってた通りちょっと霧が出始めている気がする
そのまま周りを見てれば、家の裏側には掘立て小屋があった
玄関とは反対口にあるせいで、外にいた時には見えなかった

あれはなんだろう

雨が降ってるから出て見ようとまでは思わないが
扉は閉まっていて中は見えないし、何用の小屋なのか分からなくてじっと見ていたらリンクさんも同じように見にきた


「馬小屋だね。家がこの様子なら多分何もいないんじゃないかな」


そうなんだーと頷いて窓から離れる
側の棚に置いてあった小瓶を見つけ、好奇心でそっと開けると、茶色い乾いた葉っぱが入ってた
部屋の微かな香りがより強くなったような匂いがした


「……リンクさんパイプ吸うんですか?」


開けた時と同じようにそっと蓋を被せて、イスの埃を払ってるリンクさんに聞いてみた

匂いだけで分かるなんてそれなり身近なものっぽいし
この旅が始まるまでのリンクさんの生活水準は疑問ばかりだ


「ううん、たまにファドが吸ってたから知ってるだけ」


……確かトアル村の……牧場の山羊のお世話してた人だったな
あの人吸うんだ……吸ってる間に山羊逃してるんじゃないだろうな


「でも一回だけもらって吸ったことはあるよ」

「へえ…どうでした?」

「咽せた」








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