Bloody Eclipse
□第32話 曇り空の下で
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それからしばらくも経たないうちのこと。
「ルキちゃん、行こっか」
彼女は普段なら俺達四人一緒に連れて行ったが、この日は俺と彼女の二人だけが丘に向かった。
元々痩せて傷だらけだった体が施設に来た当初より更にやつれ、顔色も悪くなっていた。
だからなんとなく、予測はしていたんだ。
姉さんの死期が近付いているということを。
彼女自身もまた、主人を名乗る奴らにいいようにされて命の終わりを感じ始め、あの日俺達四人の前で見せた涙の理由にも気付いたようだった。
「ねえ…ルキちゃん。」
曇り空の下、二人。
「うん?何だ、姉さん」
「私を引き取った家族が政治家一家だって、聞いたことがあるでしょう?」
「引き取った…?」
「あれ、言わなかったっけ…私は元々この孤児院出身なの。養子という名の奴隷としてこの孤児院の創設者に買われていったんだ」
「っ!」
やっと合点がいった。
何故彼女は政治家の娘でありながら性奴隷としてここに連れてこられたのか…
それは元々奴隷だったから。
ただ、それだけだったんだ。
「孤児院よりも地獄だった…私たちを売り買いしたりする汚れた金で胡座を掻いて生きている奴の世話になるくらいなら死んだ方がマシだって思った…
でも私には“お兄様”がいた。」
「…“お兄様”?」
「うん。政策を打ち破り、孤児と奴隷が強いられる地獄を終わらせようと水面下で働き続けたその家の一人息子。
でも――偽善なんかじゃなく、本気だったよ。」
「だった…?」
「仲間の密告によって警察に殺されたの」
「っ!」
「お兄様は私にいつも言っていた――孤児や奴隷を救うことが罪滅ぼしなんだ、孤児を押し込めるこの場所を作った父の代わりに…そう思っている内に、本当に奴隷も孤児も、誰もかもが身分など気にせずに幸せに生きる世界を夢見るようになった、と。」
「私は叶えなくてはならない…だけど、私には残された時間はもう無いから…貴方達に、託したいの」
「俺達に?」
「そう。皆でここから逃げ出して、必ず、生き残って、残酷なこの政策と事実を終わらせて欲しいの」
彼女はまっすぐに俺に向かって言う。
「止めさせることが出来るのは身を持って知ってる…貴方達しか居ないから…」
姉さんの声が少し震えているようだった。
「姉さんは…姉さんはどうするんだ」
「っ…大丈夫、心配しないで。」
ああ、あの笑顔だ。
悲しみに溢れた瞳を隠すように目を細めて笑う彼女。
その顔で悟ってしまった。
彼女が残り僅かしかない自身の命を犠牲にすることを。
ああ、だが同時に思ったんだ。
姉さんはそれでこそ姉さんなんだ、と。
そして俺は姉さんのためなら何でもやってやりたいと思ったから。
「頼んでも良いかな、ルキちゃん」
だから、頷いた。
「…ああ。必ず、約束しよう」
何もかもを奪われても目的は決して忘れない、その気丈さと強さを讃えて。
「ありがとう、皆のお兄ちゃん」
俺は、必ず彼女の願いを叶えてみせる…そう肝に銘じた。
施設に帰ったその後、姉さんと俺はひとりひとりを説得し、計画を練り上げ、決行の日まで一日一日を生きていったんだ。