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□優しさの認識
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何てことの無い一日に僕はその人間と出会った。偶然なんて言葉が相当にお似合いで必然なんて言葉を贈るには格好付けもいいところ。声を掛けたのもまあちょっとした気分というやつでそれ以上でもそれ以下でもない。

学生服を着た今時の高校生らしくもなく飾り気のない、道端に転がる石ころみたいなその子は公園のベンチに座り込んで俯いていた。

多分、僕の興味が少しでも向いたのはその子の髪が肩ぐらいの位置でばっさりと、(敢えて効果音を付けるならそんな音が似合う位に)下手くそで乱雑に、まるで誰かに切り落とされた様に見えたからだろう。



「ねえ、君。」

「……」



一声かけても身じろぎ一つせずに俯き続けるその人間に僅かながらイラついた。無視されるのは誰であっても気分のいいものではない、例えそれが本当に聞こえていなかったとしても。

……まあ、いいか。

そう思って興味を失くす様に帰ろうと踵を返しかけた時、緩慢な動きでその顔は上を向いた。ばちりと音が聞こえそうな程にがっちりと交わる視線、日本人特有の真っ黒い瞳孔は暫くぼうっと止まったかと思えば焦点を結ぶ様に動き、同様にその本体もびくりと大げさなくらいに肩が震えた。



「あ……え、……」



細い喉から戸惑いの言葉にならない音が落ちる。慌てた様子で実は私は貴方なんて見てませんよ、景色を見ようとしてたんです、とでも取り繕う様に視線を僕から真横へずらすみたいに動かした。

恐ろしくテンポが悪くて、見た目通り何とも根暗そうだと思わずには居られない第一印象だ。

今顔を上げたのも何か声が聞こえた気がするけど気のせいかもしれないし、でも呼ばれたのかもしれないし、そんな曖昧な感情の下から起きた行動だったのだろう。

必死に目を逸らしながら、僕を偶然此方を見ようとしてる人か、はたまた幻覚か夢かにするべく、とにかく一刻も早く立ち去ってくれる事を一途に願っているのだろう怯えた表情をするその人間は酷く滑稽でまた可笑しかった。じっと見てやれば、今度はぎょっとした顔でまた視線のやり場を捜して最終的に俯く。



「あ、の……な……すか、わ、たし……なに、か」



途切れ途切れの言葉は呟きに似て、情けない程に震えている。壊れかけたロボットみたいにぎこちなくて抑揚の付け方もバラバラな話し方に不覚にもちょっと笑いそうになった。

息を飲んでまたびくりと震えたのに気付いて、笑い声が聞こえてしまったのかと反射的に口元を押さえる。



「ごめんね、なんでそんなに怖がられてるか分からなくて笑っちゃった」

「……あっ、いや……あの、どこかで会っ……たことあり、ますか……?」



会った事は無いと思う、けど確信は無いから語尾を濁した事が伺える声色。もうちょっとはっきりしっかり話せないものか、とも思うがこういう人間は大よそ人見知りであるのも定石だ。それを指摘したとして、すぐ直るかといえばそうでもない。



「いや会った事はないけど、何度か此処で見かけたから。……あと、髪かな。ちょっと気になって」

「……髪……」



視線は交わらず俯いたまま、だけど意思の疎通くらいは出来るようだ。ぼそぼそと反復して呟くとその子は自分の髪の毛先に手を伸ばしかけて、触れる事は無くまた膝の上に手を戻す。

回りくどい事は余り好きではないし、そこまで気を遣う必要もないかなと思ったから率直に一番先程から気になってその為に声までかける原因となった疑問を口にした。



「自分で切ったの?」



ぎゅ、とスカートの上に置かれた手が握られたのを見逃さない。それだけで答えが出されたみたいなものだった。なんて分かりやすいんだろう、口には出さないのにこんなにも一挙一動に隠しきれない感情が見え隠れしている。

肯定はしない。でも否定もしないのはきっと僕が見知らぬ赤の他人だからだろう。きっとクラスメイトや教師、家族なんかだったりしたなら違うと否定しそうだと、知りもしない目の前の少女の一面を想像したりもした。

斜めにそのまま裁縫鋏を抜きいれて、そのままじょきんと切り取ったかのように所々は揃っていて、全体的にばらばらでぐちゃぐちゃな髪。学生服にも皺と埃、所々に汚れと擦れ、明らかな悪意の結果を形に残したらこうなるのだろうかと想像に難くない。

人の悪意の結果を集めたショーケースの中のマネキンみたい、なんて変な考えまで付いてきた。



「君、いじめられてるの? 学校で」

「っ……」



俯いたまま、力強く首が左右に振られる。肩程までの黒髪がばっさばっさと無造作に揺れる。

今度は恐らく、何か否定の言葉を紡ごうとしてあ、だの、う、だの、また言葉になっていない音を発して沈黙。流石に不躾だったかとも反省した。



「僕ね、家族を怒らせて今家に帰りずらいんだ」



これは本当だ。桜哉をからかい過ぎた結果なのか迂闊に顔を合わせようものなら、大きな舌打ちと射殺さんばかりの冷徹な視線を向けられるから居心地は悪い。



「つらいときは人に話すと良くなるって言うし、……君さえよかったら話聞かせて貰えないかな」



警戒心を解く為に微笑んでみせたけど、結局その子は俯いたままだったから微笑んだ効果は無かったと思う。優しい言葉を選んだつもりだけど、その子がどう受け取ったかは分からない。

ただ、ずずっとベンチの隣を空けるように移動した。この子と話してると洞察力なんかが鍛えられそうだと思いながら、ありがとう、と断って座れば、またずずっと僕から少しでも距離を置く様にとベンチの端の端へ移動した。


色々と思う事は在ったけど、それさえも想像の域を出る事がない反応の数々で驚くなんて感情は一度も起きなかった。どこかのドラマや漫画なんかでもありがちな、身も蓋もない言い方をすればそんな、平凡な人間の少女の不運と不遇。

自分ができそこないで、だめで、ばかで、ぐずで、短所を全て自覚して上げられて、それなのに長所は一つも思いつかない、そんな気弱な無力な少女。



「ごめんなさい、……あっ、ありがとう、ございました……。こんな話、聞いてもらって……」



たった一度も顔を上げる事は無く、別れ際でさえその子は俯いたままだった。それでも深々と頭を下げて礼を言える、それも一つの長所だと知らない、いじめられっ子。可哀そうだと思うのは簡単だったし、それ以上もそれ以下も深く共感して一緒に苦しんであげられることはなかった。

同級生に切られたのだというばらばらなその黒髪が風に煽られてふわりと揺れる。ごめんなさい、ありがとう、そんな謝罪と感謝をもう一度僕に告げて、さようなら、と言い、公園の外へと駆けて行った。

何か声をかける間もなく言い捨てる様に一方的に、またね、は無しに薄暮れた街へと消えて行った。






――――名前も知らないその子と再会したのは、それからほんの数時間後の事。

ぶらぶらと行く当ても目的も無く、取り敢えずの時間潰しに街を散歩して目ぼしい物も見つからずそろそろ帰ろうかと思っていた丁度その頃だった。

真新しい記憶に見覚えのある学生服に切り揃えられていない黒髪。四肢を冷たいコンクリートに放り出して、仰向けに倒れた少女は最初に見た印象通り本当に、道端の石ころになってしまったみたいだった。



「ああ、そっか」



死にそうだとは思ってたけど、まさか声をかけた今日に死んでしまうなんては予想外。元より今日に死ぬ気で、彼女にとって予定外だったのは見知らぬ赤の他人が自分に声をかけてきたこと、だったのかもしれないが。

話しかけて挙動不審に、声も小さく、一挙一動に怯える、そんな予想通りの反応ばかりだったのに。俯きがちに見えなかった顔も、この時初めてしっかりと見られた。

黒い瞳は閉じていて、頭を打った時に飛び散ったらしい赤が所々顔にも散らばっているが、余程容姿に問題があったとは思えない顔立ちだ。問題があったとすれば、それは彼女自身の性格だったか、それとも心無い人間の悪意に選ばれた運の無さだったのかもしれない。

近くに無造作に落ちていた手帳に目が止まったので、それを拾い上げて捲る。学生手帳のようで、学校名、年齢、名前、生年月日、真面目な性格でもあったのか学校の課題、予定なども書きこまれていた。挟まれていた写真には大型犬に抱き着いて笑う今は亡き手帳の主。



「へえ、……こんな風に笑えるんだ、この子」



真新しい日付とインク、そして書かれた言葉。それ以後のページは使われておらず、これが最後の言葉、……遺書かと思えばそうではなく、何気ない日記の様な短い文が綴られている。


『今日、着物の男の人と会いました。初めて会った人で変な人かと思ったけど、なぜか私の話を聞いてくれた優しい人でした。』


書かれていた文章はそれだけだった。だからなんだ、と言いたくなる、全てが自己完結自己満足で終わった手記。

少し話を聞いただけ。それも優しさと気遣いが発端ではなく、ただただ興味がきっかけで話しかけただけ。それなのにああ、なんて馬鹿な子なんだろうか、それは優しさだと感じてそのまま逝ってしまうなんて、正体は優しさなんて言葉とは程遠い吸血鬼、化物だっていうのに。



「……」



生き返らせてしまおうか、相当の恐怖で漸く飛んだ空を思い出させて、それで……、そんな加虐心の混じった馬鹿げた考えが頭によぎった。名前も、知る事はない笑顔も、ちっぽけな覚悟も、死んでから分かった事、知った事、……それがどれだけ意味のない物なのか自分は知っている。

その死は誰にとっても無意味なもの、でも彼女にとって無価値にはしたくない。そう少しでも思ったからこそ、椿は生き返らせるという選択肢は消した。

それに少し残念だと感じてしまっている自分に気づいた後で、僅かに笑って、手帳に書かれた着物の男の人のページを破り取る。



「おやすみ」



そして、さようなら。お互いにお互いを何も知る事の無かった人。

たった一つ、吸血鬼は少女から優しい人だったと遺された自身の記録を奪い取って、優しく少女に微笑んだ。俯いたままの少女が一度として目にすることの無かった優しい人の微笑みで。







優しさの認識


(2016/05/05)

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