Bungo Stray Dogs

□鯉より団子の子供
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こどもの日。五月五日、端午の節句とも云われるこの国における国民の祝日。

大型連休、所謂黄金週間(ゴールデンウィーク)を構成する日の一つ。勿論、世の中全ての人が完全に休みという名の休日を享受出来るという訳ではなく、祝日と云えど幾つも例外は存在する。

そも休日の過ごし方と云うのは千差万別人それぞれ、その日彼女の休日は探偵社最年少の少年調査員・宮沢賢治と共に在った。



「ありがとうございます那代さん。手伝って頂いて」
「大掛かりな畑作業なんて初めてだけどとても楽しかったわ」
「そうですか! そう云って貰えて僕も嬉しいです!」



純粋無垢な笑顔をぱっと浮かべた賢治はよいしょっと声に出しながら、目の前の段ボール箱を抱えた。中にはぎっしりと取れたてで育ちの好い野菜が詰まって居て、それなりの重量はあるはずだが、其れを軽々と持ち上げられるのは賢治の異能力故、だろうか。

二人はその日、早朝より賢治の自宅の前にある畑で収穫作業を行った。発端はと云えば数日前、探偵社での世間話がてら賢治ともう直ぐ育てている野菜が収穫期だと聞いた事からだ。



「幾らでもお裾分けしますよ?」
「本当? ……でも、ただで。というのは申し訳ないから、何か私にも出来るお手伝いか頼み事はない?」
「そうですかあ、では――――」



――と、云う事で、そういう訳であった。賢治としては特に見返りを必要としては居なかったが、互いに納得する為に野菜のお裾分けの交換条件として畑仕事を手伝って欲しいと言ったのである。

お裾分けして貰った大量の野菜を賢治がついでに運んでくれると云うので、其れにありがたく甘えながら取り止めの無い談笑を交えて二人は歩く。



「那代さん今日はお祭りか何かでした?」
「? ……ああ、いつもこの時期は端から端まで大きな鯉のぼりが吊られるの。屋台とかが出る訳じゃないんだけどね」
「鯉のぼり、ああ成る程! 今日はこどもの日だからですね」



賢治が足を止めたので其れに合わせて歩みを止めて、つぶらな瞳が見つめる先へ視線を向ける。遠方に見える川を上る様に宙でばたばたと揺れ動く物を見つけ、賢治の疑問に答えを出した。

大小だけでなく色取り取り様々な鯉のぼりが風に揺らめくその光景は正に鯉が大群で川を泳ぎ上っている様にも見える。此れだけ居れば壮観だと思わずには居られない。

同じ様に、おおー、と隠す事も無く素直な感嘆の声を上げる賢治は目をキラキラと輝かせながら鯉のぼりを見つめている。



「賢治君の故郷はこどもの日に鯉のぼりを上げたりしない?」
「空に鯉は泳いでませんでしたねえ。縁起物を食べたりはしましたけど」



自分も一応生まれと育ちは喧騒の無い穏やかな田舎町だが、賢治の様に電気も電話もない所では無かった為考えを寄せるには難しい。賢治の云う縁起物が果たして知識にある世間一般の縁起物と一致するのかも謎だ。

縁起物って例えばどんな、とそう口を開きかけた。が、賢治が其れには気づかず言葉を続け、鯉のぼりから此方へと顔を向けた為、その疑問は言葉になる事は無く飲み込まれた。



「都会は他にどんな事をするんですか?」
「私も詳しくは無いけれど、……兜を飾ったり柏餅を食べたり菖蒲湯に入ったり、とかかしら」
「ほへー……なんだか凄そうですね!」



興味と尊敬を含んで輝いた瞳が真っすぐと向けられたので何かしてあげられないかと僅かに視線を上擦らせて、思考を巡らせる。

兜も鯉のぼりも直ぐには用意出来ないし、菖蒲湯も菖蒲を買って来る必要があるし、ああそう云えば先日駄菓子屋のお婆さんに柏餅を頂いて……。ふと思い出した事に少し嬉しくなりながら提案する。



「……そうだ、柏餅。柏餅なら、うちにあるんだけど」
「僕が貰ってもいいんでしょうか?」
「ええと、頂き物で良ければ……」



賢治は実に嬉しそうに笑った。効果音を付けるならぱああ、と花咲く様な向日葵に似た健康的な笑顔になって再び歩き出す。

少しだけ先刻よりも歩調が速い気がするのは気のせいだろうか。色気より食い気、否この場合は花より団子、と云うべきなのか。



「鯉のぼりはもういいの?」
「鯉じゃありませんが、屹度其れに近い物は此処を離れても見えるので大丈夫です!」
「近い?」



今日は少し風の強い日だ。賢治が笑顔を向ける先、農作業の邪魔になるからとの理由で高く結われた黒髪も空を泳ぐ大魚の様に、ゆらゆらと風に煽られ揺れている。

こどもの日は鯉が滝を登り切ると龍になったと云う伝説の如く、子供が健康に大きく逞しく育つように、そんな願いを込めた日だと云われている。

賢治にとって新しい概念を教えてくれるのは、隣を歩く同僚であり、時に律儀で面倒見のいいお姉さんと云った立ち位置にあるその人。もっと色んな事を教わって知る事が出来たらと思いながら賢治は運ぶ箱を抱えなおした。





鯉より団子の子供

(ああ、此れが兜なんですね!)
(……。その心算だったんだけど……)
(被れてます?)
(折り紙じゃなく新聞にするべきだったみたい)




 

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