Bungo Stray Dogs

□四月馬鹿と共に
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エイプリルフール。それは毎年四月一日には嘘を吐いてもいい、という風習の事。

知らぬ人は居ないとまでメジャーな物であるとは思わないが、少なくとも嘘を吐いていい日を言い訳に色々やらかしそうな人物くらいならば脳裏を過ぎる。

実際問題、やらかしたらしい。そして現在、彼女は脇目も振らずに走っている。長く細い黒髪が風に揺れて煩わしい。



「――ああもう!」



その手にはいつか福沢から買い与えられ、仕事用として長く愛用している携帯が握り込まれていた。何故こんな事になっているかと言えば、四半刻、三十分程前に唐突に掛かってきた一本の電話。



「……はい?」
『いやちょっと事故らしちまったってか……酔ったあんちゃんが道に飛び出してくるもんだから……』
「事故? 太宰君が……?」
『そしたら、息も絶え絶えに那代という人の声を最後に聞かせてくれ、って携帯を取り出したもんで……』



太宰はその異能力故に探偵社が誇る名医、与謝野の治癒能力が効かない。入水だの首吊りだの、常々呆れかえる自殺願望者ではあるが自分の様に死ねない人間でもない。それに、同僚が泥酔した挙句車に轢かれてご臨終では後味が悪いとは別次元で気分が悪い。

……胡散臭さは感じたのだ。感じたのだが、それでも電話から聞こえた声は太宰の物ではなく、聞き覚えのない男性の声だった為、人様を巻き込んでいるともなれば、と……。

まあ、呼び出された住所の場所へとたどり着いた時に大体全てを悟った。準備中と札が出てはいるが、どう見たって飲み屋である。飲み屋、太宰、大よそ全てを悟るには十分すぎる情報。

怒りを通り越して軽く眩暈と頭痛を覚えながらも、そっと扉横の木枠をこつ、と音を立て数度叩いた。すぐさま、がらりと扉を開いた。



「やあ輝夜」
「……。……はぁ……」
「? どうしたんだい輝夜。ため息を吐くと幸せが逃げてしまぐえ」



開いた扉の先に居たのは予想通り、太宰治その男だった。相棒を組まされている国木田に同情を抱く事は幾度と無かったが、今なら本当に彼が幾度と無く直接的に胃腸を壊されかけた理由が身に染みて解る。

思わず胸倉を掴んで引き下げてしまった位は許されてもいいだろう。……僅かだが酒の匂いは確かにした。



「太宰君、何か言う事は?」
「そういえばねえ、輝夜。今日は何日だったかな」
「四月一日よ」
「そうだね。では四月一日は何の日だったかな」
「……?」



にこにこと笑う太宰はこのまま縊り殺してはくれないかな、と遠足前夜の小学生の様な気持ちで目の前の少女を見ている。そして問題を投げかける司会者の如く大仰に節をつけた声色で云った。

四月一日、何の日と言われても探偵社は通常営業、通常業務……。休日ではない、祝日でもない。……??

基本的に探偵社と乱歩と福沢が基準として回っているその頭は月日のイベントに疎かった。それを見抜いてか、太宰は自らの胸倉を掴みあげる白い手を両手で包み込む様に添えた。



「ブッブー時間切れ。正解はエイプリルフール(嘘を吐いてもいい日)だ」
「エイプリルフール……、四月一日……、あ。」
「そう云う事だよ。」



間抜けた面を晒してしまったと自分でも思う。エイプリルフール。それは毎年四月一日には嘘を吐いてもいい、という近年この国でもメジャーになって来たとはいえ、まだまだ知らぬ者は知らない起源も分からぬ風習。

呆気に取られてぽかんと太宰を見上げるその頬にするりと手を伸ばしてみれば、柔らかで温かなぬくもりを指先に感じると同時に、太宰の胸倉は離され、頬に触れた手は叩かれた。

素早い行動ながらに痛みを全く感じない力加減は正に彼女らしい配慮だと思う。



「先刻の男性の声はどうしたの」
「ああ、あれはね。馴染みの店の店主に頼んで一芝居打ってもらったんだ」
「……。そう」



馴染みの店と言いながら太宰は僅かに振り向き、準備中らしい店内に視線を向ける仕草をする。



「怒った?」
「……怒られたかったの?」
「さて、どうかな。輝夜が来てくれた事も些か驚いたと云えば驚いたし、其れに……」



其れに……、と云う言葉の続きは太宰も声には出さなかった様で聞こえる事は無かった。結局は太宰の嫌がらせと云うか、子供の様な悪戯の標的にされてしまっただけなのだ。運悪く。

そういう風習(嘘を吐いていい日)が世の中に存在するからと云って……と怒るのは容易いが、どうせ怒ったとしても太宰は嬉しそうに笑うだけだろう。何より走った事もあって、疲れた。

また口から零れかけるため息を堪えて、じと、と太宰を見上げた。色々言いたい事は在るが、少なくとも今そんな元気はない。



「……嘘に善し悪しの判断を付けるのは好きではないけれど、それでも、こういう嘘を吐くのは善くないと思うわ」



事故、とか。死、とか。不吉で悪質で、そんな嘘を吐かれた人間はきっと酷く悲しくて辛い。其れが嘘でしたって聞かされた後も、喜びと同時に其れ以上の怒りと悲しみが襲う。

どんなものであれ、嘘は嘘だ。優しい嘘と言われても、嘘には変わりがない。……忘れる事の出来ない過去の負い目がまた鮮明に心を刺すが、輝夜は頭を振る事で意識の外へ一度それを追いやった。



「でも、太宰君が大怪我した訳じゃなくて……よかったと云えばよかった、」
「其れって、もしかして、もしかすると心配してくれたの?」
「心配しなかったら態々走って来てないわ」
「そう、そうか……そうかあ……」



口元を押さえて僅かに堪えきれていない笑い声の様な音を零す太宰を訝しげに見る。だが、今回は馴染みの店の店主まで巻き込んで工作した太宰の作戦勝ち、という奴だろう。笑われても仕方がないと云えば仕方も無い。諦めよう。

一方で太宰は手で見えない様に覆い隠したその内側でゆるゆると頬を緩ませていた。いやもうなんて単純なんだろう私、と思いながらも純粋に嬉しかった。

だって、来てくれた事に驚かされて、その上髪を乱して走ってまでして、加えて心配したと言ってくれるのだから、

ああ、こんな事を云ったら呆れられてしまうんだろうけれど、それでも。こんな風習には感謝しかないなぁ、私は。なんて。





四月馬鹿と共に

(自殺嗜癖を止めろとは云わないけれど、そうね、せめて)
(せめて?)
(死んだら私の目の前で死んだって云って)
(じゃあ、必ず一度はそれを云う為に化けて出て見せるよ)




 

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