Bungo Stray Dogs

□自己投影の赤と黒
1ページ/1ページ

水に色を落としたそれが溶けていくようにゆらりゆらりと赤と黒が揺らめく。

然程広くもない、水鉢の中を揺らめくそれを見つめてはぱらぱらと餌を蒔いた。彼女にとっては感覚で云えば、金魚を世話するのも植物を世話するのも大して違いはない。

だが一つ難点があるとすれば、猫に取られてしまう事だろうか。


敦は何処と無く楽しそうに鉢の中で揺らめき泳ぐ金魚を見つめる輝夜に話しかけた。



「どうしたんですか? その金魚。昨日は無かったような……」
「そうなの。最近猫が居付いたみたいで、目を離したら直ぐに持ってかれちゃうから」
「成る程」
「蓋付きの水槽を買うまでは少し机に置かせて貰おうと思って」



揺らめく金魚を見つめる猫も可愛いのだが、目を離すといつの間にか金魚が鉢から消えていたり、鉢ごとひっくり返っていたりする為に、流石に対策を講じるしかない。

あれ、と敦は首を傾げる。猫が居付いた、と言ったが一体何処に? と云う疑問、確か……。



「那代さんって社員寮に住んでるんじゃ?」
「? そうだけど」
「社員寮に最近猫なんて」
「? だって福沢さんの家だもの。三毛猫が遊びに来るのは」

「…………へっ?」



微妙な食い違いがある。片や指先についた金魚の餌を払いながら不思議そうに小首を傾げ、片や今し方告げられた言葉の意味を飲み込むのに精一杯というように思考の海に溺れている。

社員寮と言っても、普通の建築物(アパート)なのだが、偶に猫が散歩道の様に通りがかることはあっても、頻繁に居座る姿など見た覚えがない。

それに金魚鉢が元々在ったのは輝夜の家となっている社員寮の居室ではなく、社長である福沢諭吉の棲家。そして今は探偵社の方へ輝夜が運んできた……と。つまり、……如何いう事だ。敦は頭を捻った。



「やあ、おはよう敦君。輝夜」
「おはよう太宰君。もうお昼近くなのだけど、国木田君が探してたわよ」
「金魚か、美味しそうだねえ。かき揚げに甘露煮なんかにすれば中々に――冗談だよ?」



国木田が探していた、という言葉は聞こえているのかいないのか、相変わらず都合の良い耳をしているらしく太宰はすっと先刻、輝夜と敦の話題の元となっていた金魚を見た。

顎に手を当て、宛ら食材を前に晩餐の品目を考える料理人のように呟く太宰。二人は冷ややかな視線を太宰に向け、輝夜はひしと金魚鉢を太宰から隠すように腕に抱いた。



「はは。やだなあ、本当に冗談だって。……唯、お腹すいたなぁって思っただけさ」
「……奢りませんよ、太宰さん」
「敦君に同じく」
「…………ちぇっ」



太宰ならばその場で金魚鉢に手を突っ込み、そのまま生で金魚を踊り食いし出しても不思議はない。

輝夜は呆れたように肩を竦めながらも、乱歩用に常備している菓子袋から飴玉を一粒渡した。酒の飲み過ぎで馬鹿になった舌には丁度いい、と言いたげに。


ゆらゆらと金魚は変わらず揺れ泳いでいる。人の手で管理された美しく整った狭い水中の中で。水槽の中の赤と黒を見つめる彼女は唯の金魚に何を投影しているのかは判らない。



「……矢っ張り、このままが善いのかな」



無理に居場所を替えるよりも、住み慣れた場所に居るほうが落ち着くかもしれない。

薄い硝子の向こうを満たす水に触れるように、壁面に立てられた白い指先を硝子越しに突く金魚。餌をやっている時は楽しそうに見えた姿も、何故だが物憂げに見えた。





自己投影の

(彼ら(金魚)にとって此処(鉢)は居場所)
(乱歩が与えてくれて、福沢さんが置いてくれた)
(若しそれが壊れたら、何処へいくのだろう)
(私も、彼らも)




 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ