Bungo Stray Dogs

□いのちだいじに
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此れはどれ程昔の話だったかは正確に定かではないのですが、丁度私が乱歩くんのお供として、乱歩くんは世界最高の頭脳を持つ名探偵として、いつも通り探偵社に舞い込む依頼を解決しに馳せ参じた時の話です。

私自身戦闘系の異能力持ちではありませんから、それほど荒事の絡む事は得意ではありません。武装探偵社が設立された当初の頃より、役回りとしては主に事務、時に調査、そして乱歩くんのお供に付いて回る、といったところは長年変わりません。

失礼、話が逸れました。その日の依頼もいつも通り、乱歩くんがものの数分で、事件の真相を看破し終わりました。ゴトゴト揺られ、漸く着いた先の目的解決はあまりにぱっと一瞬です。毎度のことですが、瞬間移動なんて異能力が欲しい位、移動時間の無駄を感じました。



「ねえ、今日も変わらず時間が余っちゃったから帰りに駄菓子買いに行こうよ」
「それなら途中の駅で降りましょうか。今日は私が奢るから」
「! ……好きなだけ?」
「うん。好きなだけ」



乱歩くんが日々食い散らかす菓子類は全て社の経費から出されている為、割りと買えるものが制限されています。好きなだけ奢ると云えばパァと輝く乱歩くんの顔、凡人の私にもまた大量に容赦なく遠慮無く駄菓子を買い込むんだろうとわかりました。生活費を除いた私のお給金の4割は大体何時も乱歩くん絡みの事で消えていきます。それでもその喜ぶ顔を見れば甘やかしたくなるというものなのです。此ればかりは仕方ありません。

兎も角、帰りの列車に揺られながらも馴染みの駄菓子屋にでも寄って帰るかという風に話が進んでいきまして、そこまではよかったのです。そこまでは。


簡潔にその後何があったかと云えば――刺されました。それはもうぶっすりと柄まで肉に埋まりそうなほど。後に聞いた所、動機は探偵社に対する恨みだそうで。ああ、勿論刺されたのは私です。乱歩に傷をつけるなんて何があっても赦される事ではありませんから。

腹部に違和感を感じ、着用している白い長襯衣が赤を吸い取り滲んできたので、ああこれはと私は持てる力全てを込めて、駄菓子屋の店前に置かれていた花瓶を男の脳天目掛けて容赦なく振り下ろしました。女の力といえど、全身全霊の力で殴りかかれば何とか気絶くらいはさせられるものです。相手は何針かは縫うことになるかもしれないと思いましたが。



「輝夜……!?」
「あ。乱歩くんまだお会計、」
「血、血が出てるよ。凄く、血が……っ」



珍しく狼狽するように慌てていました。その時私は漸く、腹部に視線を下ろしぶっすりと刺さったナイフに気付いたのです。自慢じゃありませんが、見た目は凄くえぐかったです。私が持つ異能力の特性なのかは判りませんが、この異能が発現して以来私は物凄く痛覚が鈍いのです。ナイフに刺されてもなんか違和感あるな、という程度にしか感じられないのです。



「おばちゃん! 電話貸して!!」



そしてこの時私は乱歩くんに異能の事について云ってなかった事を愚かにも思い出しました。乱歩くんが探偵社に連絡を入れてくれたので、私はとりあえず刺されたままのナイフはそのままに壁により掛かることで時間を待ちました。

ナイフを抜き取れば、そのまま出血多量死、その後異能で全快出来たとも思うのです。ですが、如何せんその時は乱歩くんが珍しく静かに私の手を握って隣に居ましたし、とてもじゃありませんがそれをするのは不謹慎かと思い留まりました。



「大丈夫だよ、乱歩。私は之でも異能者なんだから」



白い長襯衣がほぼ胸元まで赤く染まり上がった頃、通りを走ってきた車が駄菓子屋の前に止まりました。勿論、探偵社の面々、確か与謝野さんと国木田君だったと思います。二人には異能の説明はしてあったのですが、やはり怒られるものは怒られる、ということでしょうね。



「忙しいのにご足労頂いて申し訳ないです」
「何言ってんだいこの馬鹿!」
「……、……痛い」
「またアンタは自分の命を軽々しく。死なないから善いッてもンじゃないだろう!」



わざと明るい声で云えば、与謝野さんに叩かれました。正直、頭を叩かれたのが腹部の傷より痛かったです。国木田君が止めてくれなければきっと私は与謝野さんの拳でご臨終だったでしょう。それと、ずっと離さないで握りしめる乱歩の手の温もりも締め付けも、じくじくと痛かったです。

ああいや、痛かったのはもしかすると、異能に慣れて私自身、自分の命を軽視しがちになっていた事実、もしくは大好きな人達に悲しい顔をさせてしまった事、それらが故に心が、痛かったのかもしれません。


国木田君には酷く気を使われました。与謝野さんには癒えた腹部を摘まれ怒鳴られました。社長、福沢さんには静かにじっくりとっくりと正座で説教されました。乱歩くん、乱歩には何も云われませんでしたが、それから暫く依頼に出かける際は手を離してくれませんでした。加えて、暫くは我儘も言われませんでした。





いのちだいじに

(とどのつまり何が言いたいかと言うと、いのちだいじに、と云う事です)
(那代さん、僕の命は一つしかありません!)
(それもそうだね、……でも嬉しいものだよ敦君)
(え?)
(人から心配してもらえるっていうのはね)




 

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