空席の隣人

□騒々しい日々に乾杯
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 自分の部屋に帰り着いたメルディが一眠りしようとリビング奥にある寝室に入ると、ベッドの上の毛布にあるはずのない妙な膨らみを発見した。外出前にクッションを詰めて行った訳でもない。そもそも、スクアーロに怒涛の如く叩き起こされ、疾風の如く着替えさせられ、そんな暇はまったくなかった。そして、まるで人一人入っているかのような大きさのその膨らみは、かすかではあるが上下に運動していた。ただの奇怪な現象か。はたまた誰かが忍び込み、この部屋で眠っているのか。それを確かめるべく、毛布に手をかけた。誰が寝ているのか予想はついている。パスコードを難なく解読可能なーーというより調べ上げられるーー人物はただ2人だけだ。そのうち1人はそんなデリカシーのないことは絶対にしないため除外出来る。それから、膨らみの大きさとその子ーーマーモンーーの身体の大きさは決して一致しない。つまり、この寝室で眠りこけている人物は1人に絞られる。メルディはゆっくりと深呼吸をし、毛布を勢い良くめくる。その人物が起きようが起きまいが関係ない。むしろ起きてほしい。起きて、その場所を譲ってほしい。

「ベル、なんでここでーーーー」

 強く腕を引かれる。そしてベッドに倒れ込んだメルディに、ベルは膝立ちになって跨った。メルディの手首を掴む手は力強く、長い前髪の奥にある彼の瞳は虚ろだ。ベル、とメルディが名前を呼んでみても特にこれと言った反応はなかった。寝起きということもあるのだろう、状況が良く分かっていないように思える。しばらく見つめ合った後、ベルは緩く微笑み口を開いた。メルディの手首を掴む手に込められた力は既に抜けていた。

「メルディだぁ……」

 いつもとは違った優しげな声にメルディは目を見開き、身震いした。いつもはもっと意地悪そうで、こちらの反応を楽しんでいるような声のくせに、と。ベルはメルディの指と自分の指と絡ませて握った。無理に広げられた指と指の間が痛いが、ベルの手から伝わってくる体温はまるで子供のように温く、不思議と嫌な気はしなかった。しかし、この状況は良くないと本能的に感じ、手の拘束を解いてベルの頬を軽く叩く。手の温みが名残惜しかった。

「寝ぼけてるんでしょ。ちゃんと起きてよ、ほら」

 それでもまた指を絡ませようとするベルの様子に、メルディの心臓が跳ねる。寝ぼけている故の行動だとはいえ、なんだか気恥ずかしかった。この行為は挨拶の程度を大きく通り越していて、世間一般的な恋人同士が行うスキンシップのようだった。ベルは繋いだメルディの手を持ち上げ、頬ずりをした。そしてメルディと目を合わせ、少し笑ってほんの少し唇が触れ合う程度のキスをした。気まぐれでわがままだがたまに可愛らしく甘えてくるような猫のようで、メルディは呆れるしかなかった。いつもは憎たらしいベルが幾分か可愛く見えた気がして、メルディは手を伸ばして頭を撫でた。そのままベルは、彼女の胸に頭を寄せる。もっと撫でてほしい、とでも言っているようだった。そのままベルの頭を撫で続けた。普段触れることのない、ベルの髪の毛の触り心地の良い柔らかさを知った。身体にかかる重圧が次第に大きくなっていくとともに、ベルは寝息を立てていた。メルディは自身の横になんとかして移動させる。このままでは自分がベルの重さで潰れてしまい兼ねなかった。メルディはベルの前髪を払った。このやりたい放題の男は一体どんな顔をして眠っているのかを見てやろうと思った。ベルは年相応の少年の顔で眠っていた。いつもこのように穏やかでいればいいのにと、メルディはベルに背を向けて目を瞑る。入眠までにそれほど時間はかからなかった。ベッドの隣に見知った人がいる。それはメルディにとって久しぶりの体験だった。
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