空席の隣人

□未知なるものは見知らぬもの
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「本当に大丈夫だから、もう、気にしないで」

 あの場から離れ、談話室に移動したことによって真っ青だった顔がすっかり元通りになったメルディ。しかし、プリオラは未だに険しい顔をしたままだった。

「そんな訳にはいかないわ。あなたが彼を苦手だということを知っていたのに、無理に呼び出してしまったのは私なんだから」

「いやいやいや、プリオラは全然……ちょっと待って。なんで、そのこと知ってるの?」

 額に冷や汗を垂らして気まずそうな顔をするメルディを他所に、プリオラは「さあ、どうしてでしょうね。強いて言うなら女の勘、かしら」と楽しそうに笑った。

「女の勘、って……」

 プリオラは、自分が知っていることを明かすことは少ない。だからこそ、何をどこまで知っていて、何を知らないでいるのかがわからない。そのため、どうしてもメルディは彼女の掴み所を見出せなかった。断じて、彼女が苦手だというわけではないのだが、それでも。

「プリオラは、何でも知ってるんだね。もし隠し事なんてしたら、すぐにバレちゃいそう」

「メルディったら、私のことを買い被り過ぎよ。あなたこそ、色々知っているんじゃないかしら。この組織内部での『ゴタゴタ』を、私よりも」

 そんなことないと思うけど、と言うのを止めると同時に、メルディの笑みはどこかに息を潜めた。メルディはそのままプリオラをふと仰ぎ見て目を合わせれば、彼女もXANXUSと同じように自分に聞きたいことがあるのだと、先ほどの問いはそれを引き出すための切っ掛けに過ぎないのだと思えて仕方がなかった。

「何が聞きたいの」

 満を辞して、メルディはプリオラに話を切り出した。その顔には、底知れぬ緊張感と困惑が孕んでいた。何も後ろめたいことは無いはずなのに、ただただ焦燥感がメルディの心中を駆け巡る。

「何が、とは、何のこと?」

「オッタビオのこと、聞きたいんじゃないの」

「あら、聞かせてくれるの? 今後の調査にもきっと役に立つわね」

 白々しい、と常時和やかな雰囲気を崩すことのないプリオラに言うのは気が引けて、メルディは口が裂けてもとても言えそうになかった。ただそれは、普段ならであればの話だ。メルディが喉まで出かかった言葉を飲み込むには遅く、吐き出したそれを腹の中に収めることは不可能だった。

「白々しいな。プリオラも私のことを疑ってるの? 私がオッタビオのスパイ、だとか?」

「まさか、そんなことは思ってないわ。ただ少しだけ聞きたいだけなの、あなたがーーーー」

「私は何も知らないよ。ボスに聞いてみると良いよ。夜更けまで、ずっと話してたから」

「いいえ、彼から聞く必要はないわ」

 プリオラは眉間に皺を寄せ、きっぱりとした口調で言う。

「私は直接あなたから、あなたの言葉で聞きたい。そうしなければ、必ず分からないことがある。情報は、時間と共に減っていき、そして、人を介すれば介するほど、また減ってしまう。だからーーーー」

「それでも何もない。何もないよ、オッタビオについて知っていることは何1つ。酷いよ……プリオラ。疑うことが、知ることが仕事だってことは知ってる、わかってる。でも、酷いよ……酷い……」

「ごめんなさい。ごめんなさいね、メルディ。あなたを傷つけようとしたのではないの、悪気があったわけでもないの。そうよね。疑われることは辛いわよね。誰であっても、誰からであっても。わかるわ、私にもわかることね……。ごめんなさい。もう聞かないわ、もう何もあなたから聞かない、聞こうとはしない。大丈夫よ、大丈夫。あなたを責めているわけではないの。大丈夫、大丈夫よ」

 メルディはプリオラへの罪悪感が今後一切消し去れそうなかった。彼女に心無いことを、心にもないことを言ってしまった、無駄に慰めるようなことを言わせてしまったとは思っている。それでも、言うわけにはいかなかった。言わずに済ますためにはこのような対処をする他なかった。これはボス、XANXUSからの命令だ。何も話すな、誰にもこちらの情報を与えるな。気の置けない友人であっても。ましてファミリーの人間であっても、と。気まずい時間だけが過ぎ、メルディは「用を思い出したから」と誰にでもわかるような嘘を吐いてその場を足早に立ち去った。プリオラに淹れてもらった美味しい紅茶にごちそうさまも言わず、「嘘をついてごめんなさい」と心の中で謝りながら。

「白々しいのは、あなたの方じゃない……」

 嘲笑を含んだ声色で呟かれたその言葉は、拳がテーブルに振り下ろされた音によって掻き消された。
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