空席の隣人

□職場の愉快な仲間たち
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 レヴィは、ギリシア神話に出てくる決して開けてはならない箱の中身の正体を知ってしまった気がして、ブランケットを最初と同じようにかけ直した。確認のためにもう一度見てみようという考えが一瞬頭をよぎるが、心の奥底の良心に酷く苛められ、思い留まった。

 どういうことだ、なぜなんだボス、と心の中で彼は主人にそう尋ねる。

 ソファーの上で間抜けな顔を晒して眠っている人物は、間違いなくメルディだった。昨日、最後の最後で新参隊員による長蛇の列に並んでいないということが発覚した、あの自由奔放極まりない女。彼にはわからなかった。なぜ彼女がソファーの上で眠っているのかが。眠るのはまだ良いが、ここは恐れ多くもザンザスの執務室。どんな理由であれ、一介の隊員が寝泊まりなどしてはいけないのでは、というのが彼の認識だった。執務室のソファーの上を陣取り眠るメルディが起きる気配などはまったくない。彼女は先ほどの動きを最後にぴくりとも動かず、ただただソファーの上で置物のように動くことなく眠っていた。レヴィは、このまま彼女をこの部屋で寝かせて良いか否かを迷った。彼女がここにいることによってXANXUSの邪魔になるのでは、と考えたのだ。が、彼の意向でメルディがここで眠るという状況を作った可能性もあった。その場合、レヴィ自身がXANXUSにとって邪魔な存在になってしまう。その事態だけは、どうしても避けなければならなかった。

「…………困ったな」

 レヴィの低い声が冷え切った空気中に広がって、霧のように消えて行った。












「何か用か」

 XANXUSは水で濡れた髪をタオルで拭きながら、ある一点を見つめて直立不動しているガタイの良い大男に声をかけた。無論、その男とはレヴィである。XANXUSはシャワーを浴びたばかりなのだろう。髪の先端に水が伝わり、大理石の床に一滴、また一滴と滴っていく。水の滴るなんとやら。今の彼にはそんな言葉が似合っていた。

「おはようございます、ボスッ! オレは例の任務の報告に参った次第であります! それから、関連書類を届けに。また、任務の第一段階は滞りなく終えました」

 レヴィはパッと見無表情だが、微かに口角を上げた。XANXUSはその報告にわかった、とでも言うように頷いて「次の指示は三日以内に」と無愛想に椅子に深く腰掛けた。レヴィはXANXUSの指示に対して先ほどよりも気合いを入れ、清々しいほどの返事をする。執務室を後にし、ふと先ほどまで気になっていた事を思い出す。

「ボス。メルディのヤツは、寝かせたままで良いのか」

 XANXUSは問いに対して「良くはねえ」としばらく考えてから言った。言葉の意味的には良くも悪くもない、ということだがXANXUSにしては幾分か曖昧な答えである。レヴィは続けて「どうしますか」と彼の意思のはっきりとした指示を仰ぐ。

「うるせぇ、ほっとけ」

 レヴィはその指示を最後に執務室を出た。彼が執務室にいる間、メルディは一度も動くことはなかった。
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