空席の隣人

□職場の愉快な仲間たち
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「カスが」

 それは誰に向けての言葉なのか、発言者のXANXUSでさえわからなかった。酒の力、もしくは眠気に負け、間の抜けた顔で眠りこけるメルディへ言ったのかもしれないし、瓶と膝を抱えて眠っていた彼女を革張りのソファーへと投げ捨て、フローラルの香りがするブランケットを貸し与えるという情けをかけた自分へ言ったのかもしれない。どちらにせよ、XANXUSにとってはもうどうでも良いことだった。

 オッタビオと最後に接触したヴァリアー側の人間はメルディただ一人であるにも関わらず、彼の企みについての情報はびた一文たりとも出てこなかった。出てきた情報と言えば、オッタビオが爆弾を送りつけてきたおおよその理由と後悔や懺悔くらいであって彼の企みではない。具体的なことが何も判明していない現時点では、オッタビオに鉄槌を下すことが出来ない。重要参考人から情報が引き出せないのなら、XANXUSは情報機関局からの良い報告を待つしかない。彼女に言われずとも、彼は局にあらかじめ調査を依頼していた。しかし、いくら局に優秀な諜報員が揃っているとは言えども、報告の目処は立っていなかった。私共にお任せください。近日中に、決定的な証拠を掴んでくる、と落ち着いた表情で情報機関局局長のプリオラは宣言したが、報告には少なからず時間がかかるという懸念がある。調査対象はオッタビオ。若くしてボンゴレ本部の幹部に上り詰めた人間だ。とても用心深く、面の皮が厚いこと極まりない。彼が現在のドン・ボンゴレである九代目、ティモッテオに一目置かれていることをXANXUSは昔から知っていた。XANXUSは長い間主人と従者の関係でオッタビオと付き合っていた。そのため、彼の身の振り方と仕事ぶりの良さも、よっぽどのことがなければボロを出さないことも把握している。第一、局が必ずその筋の情報を得られるかと言えばそうではない。制裁を受ける覚悟を決め、むざむざと手ぶらで帰ってくる可能性も限りなく低いがあるにはある。現時点で、オッタビオを追い詰める確たる証拠が弱く、少ない。XANXUSを苛立たせる理由はそれだけで充分だった。

 XANXUSはジャケットを脱ぎ、元々緩く締めていたネクタイを解いて、眠気を覚ますためにシャワールームへ向かった。照明を消すと、人工的な光を失った室内はたちまち自然の闇に包まれた。朝だというのに太陽は水平線の向こう側から彼に顔を見せようとしないし、広い窓から外を見渡せば、空は厚い雲に覆われている。彼が陽の目を見るのは一体いつ頃になるのだろう。シャワーを浴びたあとだろうか、それともオッタビオに制裁を下したあとだろうか。

 どちらであろうと、間近に迫っていることには変わりはないのだが。











「おはようございます、ボスッ! あなたの右腕レヴィ・ア・タン、ただいま帰還いたしましたッ!」

 三度のノックと朝の挨拶をし、レヴィは意気揚々とした様子で酒特有の匂いが充満する暗い執務室に足を踏み入れた。彼は背中に己の武器である傘を模した八つのパラボラを背負っていることから、顔合わせ後に突如下された任務を最速のスピードで遂行した後、自室にも戻らずにXANXUSの執務室へ直行したことがうかがえる。彼は己の言葉に対して応答が一切ない執務室をぐるりと見渡し、部屋の主人の不在を悟って肩を落とした。自分の手柄を一番に褒めてもらいたい相手が不在なのだから、無理もない。それでも、アジトに彼がいるだけマシだった。

 レヴィは任務の報告書をデスクに置き、床に転がっている瓶を回収する。転がっていた瓶は計三本で、回収するには一分もかからなかった。瓶を部屋の外へ捨て置いた。外へ放置しておけば、通りかかった使用人が勝手に回収して捨てる仕様だ。彼は名残惜しそうに執務室を見渡す。彼もまた、この部屋へ足を踏み入れるのは久しかった。

「む?」

 ふと、レヴィは少し違和感を覚え、ブランケットのかかるソファーへと目を留めた。思い返せば、昨日訪れたときソファーにはブランケットはなかったが、今はある。我が主人はソファーで睡眠をとったのだろうか、と思案していると、ソファーの上のブランケットがかすかに動いた。彼はポルターガイストか、と考えたが、ソファーの方をよく見るとブランケットは膨らんでおり、耳を澄ませば呼吸をする音がする。ブランケットが動いたのは確実に人間のせいで、ゴーストの類のものではなかった。ブランケットの膨らみの大きさからして、ザンザスではないことは容易に予想出来る。彼の体格では、背を丸めたとしてもあの大きさにはならない。では、一体、誰が眠っているのだろう。レヴィはそんな疑問からソファーへと近づいて、ブランケットを一気に剥ぎ取った。
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