空席の隣人

□苦悩はあらゆる期待の元
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「いやちょっと待ってやだ怖い監視カメラ越しで顔とか体格とか見たけど怖かったよ目鼻立ち良くていわゆるイケメンのくせに顔面凶器で服着て歩く暴力とか何でっていうかルッスーリアたちとトランプやってたスクアーロがビール瓶で殴られてるとこばっちり見てたし気絶してたし一生笑えると思って保存済みだからあとでみんなの仕事用とプライベート用携帯に一斉送信するからそれに生涯恨んでやるからたとえ今日が私の命日だとしても絶対にあそこに連れて行ったら許さないからそれから私病み上がりだからやめてえええええ!!」

「ちゃっかり肖像権侵害すんのはやめろぉ! 迷惑だろうがぁ! それから消せ、早く消せ!」

「どちらかと言うとていうか絶対にスクアーロが普段出してる大声の方が迷惑! 今も迷惑してる! あああ、どうしてこんなことになった! 人生コンティニューしたい! いやだ、行きたくない! 死にたくない! いやだいやだいやだ!」

 両腕を掴まれて引っ張られながらも足を必死に突っ張って耐え、XANXUSに自己紹介なんかしたくないし顔を合わせたくもないことと、生涯スクアーロを恨んでやることを一息で伝えたメルディ。彼女は十五分ほど前、彼による怒涛のドアノック攻撃により無心でドアを開いたと同時に部屋に押し戻され、今回の事の重大さを説明されながら隊服に着替えさせられたと共に、いつもはボサボサで本当に女なのか疑ってしまうような髪の毛を小綺麗に整えられてしまっていた。彼女の隊服は壁に掛けられ長らく放置されていたのかうっすらと綿埃をかぶっていたが、彼の必死の健闘により新品同然のものになったことが不幸中の幸いだ。これがヴァリアークオリティ、と彼女がぼやけば、「ちげえ!!」と即座に大音量で否定された。しかし、彼のクリーニングのテクニックはそれはそれは凄まじかった。彼女は、職場面接のときのように身なりを綺麗にしても意味がなく、気休めにしかならないことをパソコンのモニターを通して知っていた。身なりを綺麗にして行っても、中で何があったかはわからないが、執務室から出てきた隊員たちの大半が怪我をして這い出たあと、医療班によって医療室へ運ばれて行ったからだ。だからXANXUSの元へ行きたくなかった。彼女は痛いこともヴェゼルが巣食う医療室も苦手なのだから。

 廊下を風のように駆けるスクアーロの肩に俵のように担がれたメルディは何も出来なかった。無力とは少し違う。彼女は先ほどまで饒舌に嫌だ嫌だとおもちゃをねだる駄々っ子のようにごねていたが、今ではすっかり鳴りを潜めていた。その理由とはいうものは、至ってシンプルなもの。彼女は、お腹の底から込み上げてくる何かが出ないように両手で口を必死に押さえつけていたのだ。胃や食道などの消化管を逆流し、胃液と消化されかけていた食物が今にも出てしまいそうだが、それらは決して表へ出してはいけない。もし出してしまったとしたら、彼に叫ばれて耳が壊死してしまうし、最悪の場合ではあるが、剣の錆の一つに強制的に永久任命されてしまうかもしれないからだった。

「スク、スクぅ……ねぇ……」

「アァン!? なんだその呼び方はぁ! ふざけんなメルディ!」

「嘔吐。それ以上、あなた、走る。廊下、ゲロまみれ、なる。鮫、その事態、なる、良い? 否?」

「……あぁ。そういうことか。断然否だあぁぁ!!」

 USAのとあるSF映画に出てくる地球外生命体のように単語毎に区切って話したメルディの危機にやっとの事で気づいたスクアーロは、彼女を己の肩から急いで下ろした。彼女の体は床へと叩きつけられたが、そんなことは鬼畜な彼の知ったことではない。

「たぁーすかったぁ……。でも、いってぇぇぇ……」

「早く言え! このカス! ボケ! アホ! ゲロ!」

 スクアーロは頭に浮かんだ罵詈雑言を、片っ端からメルディへぶつけて行く。彼女は大層大事そうにお腹を抱えて立ち上がり、「スクアーロは、乗り物並み」と具合悪そうに小さな声で言った。現在置かれている状況のせいで、彼女はあまり声を張れなかった。彼はその悪口とも褒め言葉とも取れる言葉を受け取ると、直ちに「うるせえ!」と怒鳴ってメルディの腕を引いて大股で歩き出した。走ることがダメならば、XANXUSの執務室へ向かう方法は歩くしかない。エレベーターはあるものの、アジトの廊下は近未来のように全自動で動く床などではないのだから。彼に腕を引かれたメルディは背を床につけて、いやだいやだと自由に動く残りの三肢を四方八方に動かし、悪魔の部屋へ着くまでの時間を稼ぎ、そして進行を妨げる。テメェ、本当は元気なんじゃねぇのかぁ、という呆れたようなスクアーロの問いに答えるのは、新参たちとは違って必然的に怪我を免れた古参たちの生温かい視線だけだった。ついに彼は「ガキかてめえは」と、諦めずに暴れ続ける彼女に吐き棄てるが、まったくもってその通りである。
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