空席の隣人

□苦悩はあらゆる期待の元
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「情報を得ること。それがてめえの専売特許じゃねえのか」

「『専売特許』ってわけじゃないし、それはネットワークに繋がってればの話。繋がってなかったら、私は何も出来ませんよ」

 メルディがウイスキー特有の風味に慣れてきた頃、XANXUSはオッタビオの企みについての話をもう一度始めた。彼女の腕、いわゆる力量を疑うような言葉からではあるが。XANXUSは「役立たずが」とメルディを貶める。しかし貶められた当の本人は、決して憤ることもなくどこ吹く風で「役立たずでごめんなさい」と謝罪するだけだった。メルディがグラスを空にすれば、XANXUSが当然のようにウイスキーを注ぐ。彼は自分を酒で酔わせて情報を引き出してやろうという魂胆だろう、と予想していたため、上司に酌をさせて申し訳ないという気持ちはみじんもない、わけでもないが注がれたからには飲む。自分が今すべきことはただそれだけだ、と彼女は認知していた。それにしても楽な仕事だった。酒を飲むのは今日が初めてだったが、昔の仲間たちから話に聞いていたより悪いものではない。酒に呑まれさえしなければ、自制し、アルコール中毒にさえならなければ何の問題もなさそうだった。

「ネットワークが関係していないものに関しては、断然情報機関局の人たちの方が良い。その手のエキスパートですので。他国の軍のスパイやってたっていう経歴を持ってる人もいますよね。あー、でも、警察や軍の関係者はメイドマンになれなかったような気が」

「使える駒は使う」

「あー……そうなんですね。満遍なく、偏りなく、みたいな感じで」

 なるほど、とメルディが一人で納得すれば、XANXUSから嫌疑に満ちた目が向けられた。その目は果てしなく怖く恐ろしいが、危害を加えられるわけではない。だから大丈夫。平気だ。そう心に何度も何度も言い聞かせ、メルディはグラスを持つ手の震えを必死に抑えた。普段の生活では持ち合わせていないが、今だけは大量に気合いというものを抱き抱えて己を守る盾にしようと彼女は決意した。

「オッタビオに何を頼まれた」

「監視カメラの回収と設置。パソコン貸してくれたら、その当時のやり取り、見せてあげられますよ」

 XANXUSは「やれ」とメルディに命じる。彼女は彼の隣にあったパソコンの前に降り立って電源入れる。パスワード入力画面が出てきたが、たった十数秒でパスワードを解いてみせる。持ち主であるXANXUSがパスワードについて、何のヒントも出していないのにも関わらずにだ。彼女はテンポの早い曲をピアノで奏でるように、キーボードのキーを叩いていく。

「はい、終了」

 軽い言葉と同時に、メルディはエンターキーを叩く。ここまでの作業時間はたったの二分。その間でメルディは、自分の愛用しているパソコンとXANXUSのパソコンを接続してみせた。正しく言うと、彼女の部屋のパソコンのデータを彼のパソコンを使って盗み見ていることになるが、内容にあまり変わりはない。パソコンの画面には、彼女とオッタビオのメールでのやり取りがクリアに表示されている。XANXUSはそれに最後まで目を通すと、抱いた疑問を彼女にぶつけた。

「なぜ、このやり取りを残した。ヤツからは、消せと命じられているようだが」

「アドレスに見覚えなかったから、メール送り返す前に発信先にアクセスしました。その結果信用出来ないって思ったから、このやり取りを保存した、って感じです。まあ、副隊長もやり取り終わったあとこっちのパソコン調べただろうけど、ちょっとかじった程度みたいだから、私がやってるゲームとそのアカウントくらいしかわからなかったかと。その他のデータは厳重にガードしてますし、プライベートと仕事のデータは他人に見られたら一巻の終わりだから」

「盗み見る専門のてめえの言うことが」

 的を射たXANXUSの指摘を「それくらいしか出来ないので」と、言い訳のようなことを言うメルディ。彼女はまたグラスを空にして、XANXUSにウイスキーを注がせる。既に、ウイスキーは瓶の半分までに減っていた。
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