空席の隣人

□苦悩はあらゆる期待の元
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 9月9日。独立暗殺部隊ヴァリアーに、突如大きな転機が訪れた。空に太陽と月が並んで昇ったり、巨大彗星が火星にぶつかったりするなどという大きなことでなくて良い。ただ、この組織にとって何かが起こるというはっきりとした兆候が欲しいくらいの実に喜ばしい転機だった。転機というのは他でもない。独立暗殺部隊ヴァリアーのボスであるXANXUSが八年という長い月日を経て、突如アジトへ戻って来たのだ。頬に、八年前に勃発したとある事件で負ったであろう大きな傷跡を残して。

 彼は帰って来て早々に、マーモンとルッスーリアと共にポーカーに興じていたスクアーロの長い銀の髪の毛を引っ張り、近くにあったビール瓶で頭を殴った。スクアーロが呻きながらも主人の突然の帰還に歓喜のあまり雄叫びをあげれば、当たり前のようにXANXUSに再び暴力で制され、彼は十分間の気絶を余儀なくされた。彼の横暴ぶりは、この長い八年間のうちに一切変わっておらず、安心したものも数多くいる。八年前、スクアーロの髪の毛は現在のような長髪ではなく短髪だった。XANXUSがスクアーロに暴力を振るう理由を、スクアーロ様の髪の毛の伸び様が、ボンゴレの本部に囚われていた時間、もしくはファミリーから離れていた時間が長かったという証明になるからボスの気に障ったのだろう。と新参ーーXANXUSの長期不在の間に入隊した隊員ーーたちは予想するが、「無駄にサラサラで長い髪がただムカついただけだろ」と古参ーーXANXUSの長期不在以前に入隊していた隊員ーーたちは語った。そんな暴力的で寡黙で暴君のXANXUSは、ヴァリアーの面々に当然のように迎えられた。当たり前だろう。ここが彼の居場所なのだから。

 翌日、XANXUSのいない八年の間に新しくヴァリアーへ入隊した隊員たちは、顔合わせと『血の掟(オメルタ)』を余儀なく行うことになった。ただ、問題が一つあった。新参隊員のうちの半数の顔合わせが終えた現時点で、まったくの無傷でXANXUSの執務室から出て来た者は両の手で数えられるほどしかいなかったのだ。よって、喜んで良いのか悪いのか、医療班の仕事が莫大に増えた。

 どいつもこいつもカスなのが悪いと、剣術と声量と忠誠心だけが取り柄の鮫は語るが、誰がどのようにカスなのか具体的には何もわからなかった。結局のところ、インスピレーションが最も大切なのだと、かの暴君の自称右腕は彼の部屋の前で列を成す隊員たちに悠々と語るがそれも少し違う。XANXUSはただ眠たかった。そんな折、知らない人間たちが次から次へと自分語りをしにくるのが気に食わなかったのだ。それを知らずに自分の番を震えながら待つ隊員たちは、XANXUSの部屋の扉の向こうから聞こえてくる物音に敏感に反応し、満身創痍になった同胞たちを水を得た魚のように担架で運ぶ二人一組の医療班隊員を青ざめた顔で眺め、早く終われ早く終われと両手を組んで祈るばかりだった。眠たい獅子に近づくことなかれ。そんなこと、誰も気づかなかった。

 また、列の中に隊員たちの一、二を争う問題児の姿がなかったなど誰も予想だにしなかった。その問題に気が付いたのは、列の最後尾にいた隊員が頭から湧き水の如く血液をダラダラと流してXANXUSの執務室から這い出た直後。すなわち、新参隊員たちの名が記された名簿に、スクアーロがチェックをつけ終わった直後だった。名簿係を務め上げた彼は心の中で「あのバカヤロウが」と盛大に吐き棄て、問題児の部屋へと駆ける。彼の歩幅は大きいが、足音などは一切聞こえはしなかった。
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