空席の隣人

□新しい友人とはゲームを通じて仲良くなれます
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 某日、メルディは愛用しているパソコンに向かって話をしていた。と、言っても、彼女は無機物に話しかけているわけではない。その無機物を通し、国境を越えた遠くの場所にいるフレンドと会話をしているのだ。その行為は、とあるオンラインゲームの『ボイスチャット』という機能を使って行われていた。

 メルディが『ボイスチャット』を使って会話をしていたのはつい先日、オンラインゲーム内で発生した、超巨大激強激レアモンスターーーライオンと虎のミックスに白い翼が生えた怪物ーーを捕獲、または討伐するというイベントの際に共闘したサラクエルというHNの男性だ。現在、彼女はそのサラクエルから、とある相談を持ちかけられていた。サラクエルに言わせてみれば、お前以外に暇そうなフレンドがいないから話を聞け、ということなのだが、本名も素性も知らない人間の方に相談する方が何かと都合が良く気まずくもならないから、というのが彼の本音なのだろうと、メルディは微かながら勘付いていた。

「君、ニートなんでしょ? 好き勝手にクレジットカードを使い込んで良いわけないじゃん。保護者に怒られて当然。保護者が正しい。課金するんだったら、サラクエルさんは働いた方が良い」

 サラクエルの話をすべて聞いた途端にメルディが始めたのは、アドバイスや同情ではなく説教だった。彼の相談が、ゲームに課金するためにクレジットカードを使い込んでいることを保護者にばれて叱られたという、自業自得でくだらないものだったからだ。しかも、家が一応そんじょそこらの家よりも裕福なことを良いことに、サラクエルは現在進行形で学業にもつかず、職業にも就かずに華々しいニート生活を送っているということも、メルディが説教をする理由に含まれている。彼女は自室に引きこもっている身ではあるものの、一応ヴァリアーで働いている。働いたら働いた分だけの給料を頂戴し、それで必要な物を買ったりゲームに金を貢いだりしているのだ。そのため、サラクエルのぬくぬくとした家庭事情と彼が我儘放題の生活をしていることに少し腹が立ってしまったのだ。彼女は、そんな子を持った保護者を少し不憫にも思った。今までとてもとても骨が折れてしまうような苦労してきたんだろう、と。

「だってさ、アルファ。執事が亡命中だから、って外で働かせてくれないから、金なんて溜まるわけねーじゃん。それにオレはさ……外に出てはいけない身体になってるんだぜ?」

 彼の言うアルファ、というのはメルディがゲーム上で名乗っているHNだった。

「かっこつけずに簡単に言うと、ニート生活し過ぎて体力がないってこと?」

「……………………うん」

 かなりの間を設けながらも、自らの痛いところを確実に突いた言葉に対して、素直に頷いたサラクエル。メルディはため息を吐きたくなるが、自分にも思い当たる節があるため吐こうにも吐きにくい。もしここにスクアーロやベルフェゴールがいたのなら、先ほど彼へ放った言葉に対して「お前が言うな」と言われそうだと我ながら思う。それでも言ってしまったことには変わりはないため、このまま先輩風のようなものを吹かせてやろうと試みた。

「内職すれば良いんじゃないの? そうすれば亡命中っていう設定は崩れないし、外に出なくても良いし、小額だろうけどお金も貰える。良いこといっぱいだよ」

「そうかもしれねーけど無理無理無理。だって、内職とかやったことねーもん。それに、亡命中っていうの設定じゃねーよ。ホントはナイショなんだけどさ、オレね、本当は某国連加盟国の中でも超メジャーなトコの正統王子なんだ。八つのときに出来損ないのクソ弟に不覚にも殺されかけて、土の中に埋められたけど。でもこうして生き延びてんだから、あのクソ弟はやっぱオレに劣るエセものヤローだったってことだな。つーかアイツ、もうどっかで野垂れ死んでんじゃね? 一人じゃなぁーんも出来ねぇような奴だったし」

 何が言いたいんだとつっこみたくなるようなサラクエルの長い作り話の中にどこかで聞いたことのあるフレーズがあったが、メルディは軽くいなして彼の話を聞き続ける。『下剤を飲まされた』だとか『ぐったりしてたのに容赦なくナイフを腹にぶっ刺された』だとか、『未だに銀食器が見るのもダメだ』だとか、彼の作り話は妙に手が込んでいた。まるで本当のことを話しているようだった。

「つーか、お前だってオレみたく家に引きこもってゲームしてんだろ? 内職だってやったことねぇんだろ? ん?」

 サラクエルの言い方には棘があって心外だとは思いながらも、所詮人生経験の少ない年下の言うことだと割り切り、彼女は質問に答えた。

「内職はやったことない。でも、私は働いてるからサラクエルさんとは違うよ」

 ほぼ引きこもりだということだけをうやむやにして他の真実を語ったメルディに対し、サラクエルは彼女にとって都合の良い事実にただただ驚くばかりだった。
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