空席の隣人

□体力がないなら乗り物を作ればいいじゃない
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「コレさ、シェフが」

「あ、夏季限定のストロベリーミルクメープルアイスクリーム果肉入りだ。スプーンは入って…………た。よし」

「オレの話聞けよ」

 ベルフェゴールが大きな荷台で運んできたのは、今朝方メルディがシェフに渡すよう、隊員に頼んだメモに書かれていた食料だった。今朝頼んだばかりの食料がドルチェの時間前に届くと思いもしなかったため「さすがシェフ。最高。私の胃袋の味方」と、彼女は彼を褒め称えた。ただ食料とは名ばかりで、荷台の中には菓子類ばかりが詰め込まれているのだが。荷台にかけられた白い布を半分被りながら、ベルフェゴールの話を最後まで聞かずに今食べたい食料ーー菓子ーーを一心不乱に探すメルディを、彼は軽く叱咤する。

「だーかーらー、オレの話聞けって」

「いやだ。だって、昨日からなんにも食べてない。あんまり動かない私もお腹は減る。だって私、人間だもの」

「いや、別にオレは食うなって言ってるわけじゃねーよ。ただ、オレの話聞けって言ってるわけで…………ってコラ。片手塞がってるからって口で蓋開けんな」

 ベルフェゴールにスウェットの後ろ襟を引っ張られながらも、抵抗を繰り返すメルディ。彼は「まずオレの話を聞け」と、彼女は「まず空腹だから食べたい」と言って互いの話を聞き入れようとしない水掛け論状態に陥っていた。メルディが食べながらベルフェゴールがその傍らで話せば済む話だということは、冷静さを欠いている今の二人に分かるはずもない。

「はなして。はなせばわかる」

「……ん? 今お前はどっちの意味で言った? 話して? 離して?」

「もうどっちでもいい。……あー、美味しい。夏季限定じゃないけど、別バージョンも頼めばよかった。他にもあるんだよね、オレンジとバナナとアップルとブルーベリーとパイナップルと…………」

「ハァ」

 ベルフェゴールはただ、メルディに事の成り行きーー菓子の入った荷台をシェフが運んでいたところを発見し、自分がそれを強奪したということーーを聞いてもらえれば、自分に感謝してもらえればそれで良かった。だが、幸せそうにストロベリーミルクメープルアイスクリームなるものを食べる彼女を見ていると、そんなことはもうどうでも良くなってしまった。ベルフェゴールは今まで掴んでいた彼女の青いつなぎの後ろ襟を離した。そしてカウチソファーに腰を下ろして両手で頬杖をつき、まるで天国に逝ったかのような顔をしてアイスクリームを頬張る彼女を遠目で眺めた。普段は見れない顔つきだった。いつもあのくらい表情筋が動けば、もっと人前で表情が豊かになれば少しは可愛い後輩に見えるのに、とベルフェゴールは途中まで考え、首を振った。自分らしくない思考だったと思い返したのだ。ベルフェゴールはため息を吐いた。
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