空席の隣人

□体力がないなら乗り物を作ればいいじゃない
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 説明書や参考になる本のページが飛ばないように足で押さえながら、大きなブルーシートの上で溶接器具を使って部品と部品とを繋げて行くメルディ。彼女はいつものグレーのスウェットではなく、ブルーの作業用つなぎに身を包んでいた。そのつなぎにはところどころ焦げたような茶色い跡や、塗装用ペンキで誤ってつけたであろう白や赤などの水玉模様があった。良く言えば趣のある、悪く言えば汚れていてそろそろ買い換えた方が良いつなぎだ。彼女は度々器具を持ち替え、ドリルで金属盤に穴を開け、その穴へネジを入れて電動ドライバーで巻いていく。どれもこれも、家庭用の一○○ボルトコンセントや二○○ボルトコンセントよりも高い電圧のコンセントに繋がなければ使い物にならないシロモノのため、電気代がバカにならない。彼女への請求書を見た幹部の一名は、そんなことによくこんなに金を、とぞっとすること間違いなしである。ただ、ヴァリアーの本拠地であるこの古城の電力は全て、地下深くの発電装置によって賄われている。電気代の心配はなかった。











「今度は何組み立ててんの?」

 背後から突然かけられた声にメルディは肩を竦め、溶接器具を操っていた手元を狂わせた。彼女が熱さと鈍い痛みに気づいたときにはもう遅く、左腕には火傷の跡が残っていた。火花がそこに散ったのだ。

「あー…………ドンマイ」

 メルディの左腕の火傷の跡を覗き込みながら、若干ばつが悪い顔をするベルフェゴール。彼の性格上先ほどのような言葉を発してしまったが、脳内ではヤバイという言葉が連続して右から左へと流れていた。ベルフェゴールはメルディにどうにかして謝ろうと頭では思うのだが、どのように謝れば良いのかがわからない。おそらく、『だってオレ王子だもん』という常套句で何もかも済ませてきたことが仇となったのだろう。とりあえず話題を変えようと思い、ベルフェゴールは扉の方に振り向こうとした。

 だが、それはメルディの突然の行動に阻まれた。彼女は溶接器具のプラグを抜き、溶接用ヘルメットのガラス部分を上げ、今の今までしていたはずの組み立て作業を放り出して、白いデスクトップが映るパソコンの方へと向かったのだ。彼女はとあるアイコンをダブルクリックし、廊下が映るウィンドウへと切り替える。その廊下は、彼女の部屋と隣接している廊下だった。パスコード装置が扉に設置されているのが、紛れもない証拠だ。さらにウィンドウを二つに分け、右下にある方を操作し始めた。ディスプレイ上で廊下を通る人間が、向いている方向とは逆方向に進む。映像を逆再生をしているようだ。メルディは荷台を引く見慣れた金髪目隠しティアラ男を見つけた途端に映像を一時停止し、彼の手元を大きく映し出した。映像の解像度を上げて見ると、彼の手元には数字が書かれた汚い紙があるとわかった。それを見つけた途端、彼女は体の力が抜けたかのように近くにあった黒いカウチソファーへと倒れ込み、床にヘルメットを置く。

「マーモンの粘写で、パスコードを知ったの?」

 いつもと同じような声色で訊ねるメルディに、ベルフェゴールは「そうだけど」と答える。彼女は深い息を吐き、小さな声で呟いた。

「私のプログラミングミスとか、パスコード装置のエラーとかじゃないんだ。よかった」

「お前、怒ってないのかよ」

「何が?」

 メルディはソファーに寝転がったまま、きょとんとした様子だった。

「さっきの火傷だよ、火傷」

 ああ、それか。と、メルディは合点し、左腕を挙げてベルフェゴールに見せる。

「別に、ベルが気にすることじゃない。私のミス。こんなの、前に比べたら痛くもなんともない。大したものでもないしね」

 メルディは捲っていた袖を下ろしながらソファーに座り直し、ベルフェゴールの存在など気にせずに伸びなどの軽いストレッチを始めた。どこか飄々としていて行動が掴みきれない彼女をなんとも言えない気持ちで眺めたあと、彼は自身がやってきた扉の方へ向かい、ドアノブを回して廊下へ出て行こうとーーーー。

「ドア、開かねぇんだけど」

 プログラミング通りにしっかりとロックされている扉に、メルディはガッツポーズをした。
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