空席の隣人

□仕事内容が引きこもってゲームをすることなわけがない
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「申請書は書いたよ、書きましたよ。やっとのことで書いたのに読まれないのは癪だから読みあげますよ」

 起きた後にすぐブラシを通さなかったためにおかしな寝癖がついたままの黒い髪を触りながら、メルディは申請書の内容を包み隠さず、書いてあるがまま、恥ずかしげもなく読み上げた。

「『拝啓スクアーロ殿。むしむしとしたこの季節をいかがお過ごしでしょうか。私は部屋でエアコンという画期的な冷房システムを搭載した機器を使用し、快適にくつろがせて頂いております。スクアーロ殿は毎日お忙しそうで何よりでございます。これからもご活躍のほどをご期待しております。つきましてはこの度私メルディは、スクアーロ殿に自室の扉にパスコードロック装置を設置することへの許可を頂きたいと存じます。設置理由といたしましては、独立暗殺部隊ヴァリアーの幹部であるベルフェゴール氏が私の部屋へと度々侵入し、マフィア的シュミレーションの邪魔をしたことで申し候。敬具。』……これでいい?」

「ツッコミどころが山ほどあるが、一応書いたことには代わりはねえ。ついでに、ベルにはキツく言っておく」

「うん、お願い。それから、昨日結構気に入ってるスウェット形無しにされたから、ちょっと怒ってるって言っといて。まあ、言わなくてもいいけど。あと、これはベルに返しておいて。ほら、背中が」

 メルディが白いワンピースを広げてその背面を見せると、スクアーロは納得したように頷いた。

「ああ、気になんのか」

「まあね」

 メルディは、申請書もどきと白いワンピースをスクアーロに手渡し、さっさと扉を閉めた。廊下に一人取り残されたスクアーロは、相変わらずだとでも言うように後頭部を掻き、渡された二つの物品のうちの一つに目を移した。すべての原因はベルフェゴールの渡し方が強引過ぎたからなのだが、この白いワンピースを返された彼の落ち込む姿を思い浮かべ、ほんの少しだけ胸が痛んだ、ような気がした。











「ふーん…………あっそ。じゃあ、スクアーロがソレ捨てといて。だってオレ、王子だから」

 ベルフェゴールはお決まりのセリフを言って、スクアーロを置いて一人で去って行く。そんな彼の反応は、予想したよりも随分とあっさりとしていた。思った以上にベルフェゴールは、プレゼントを返されたことに対してショックを受けることも、怒りを見せることもなかった。スクアーロはそれに少しの疑問を感じながらも、白いワンピースを近くにあったダストシュートへ躊躇なく捨てた。ベルフェゴールがプレゼントと称してメルディに渡し、彼女に返してくれと頼まれ、渡した本人が捨てろと言ったのだ。捨てたとしても間違った選択ではない。ただ、しこりのような何かが心の中に残っただけである。
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