空席の隣人

□仕事内容が引きこもってゲームをすることなわけがない
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 電灯も点いておらず、シャッターカーテンも閉めっぱなしの暗い室内。そこでメルディはおもむろに目を覚ました。昨日の夜中に私事ではあるが一仕事したため、いつもより三時間ほど遅れて一日のスタートを切った。一般的な学生や会社員だとしたら、今頃慌てふためいて学校や会社に出発しているところだろう。しかし、彼女には何の関係もない。上司からの指示がなければ、特にすべきことは何もないのだ。逆に言えば、指示がなければ何をしていても構わない、ということだった。ゲームをしていようとも、一日中寝ていようとも、パソコンで闇のネットワークを覗き見していようとも、自堕落的な生活を送っていようとも。ここには衣食住、電気、最良のインターネット環境という彼女が生きるために必要なものが揃っていた。こんなに素敵な職場は他の世界のどこにもない。そして、自分が心の底から求めるものを探し出すことに最も適している場所であるのだと、彼女は考えていた。ただ、あえて問題点を挙げるとすれば、彼女の職場が独立暗殺部隊ヴァリアーという大層物騒な組織であることと、彼女がそこへ入隊した際に与えられた一室で、引きこもり生活を続けていることが問題だろう。

 メルディは大きなあくびをしながら自らの定位置である黒いカウチソファに寝転がり、テレビに繋がれたヘッドフォンをかけた。それから彼女は、近くのローテーブルの上に置いていたアナログコントローラーを手に取ってゲーム機本体を起動して、ゾンビ系サバイバルゲームを始めた。そのゲームは、最近の彼女のプチブームの一つだった。昨日は招かれざる客のせいでライフポイントを全て失い、コンティニューするハメになったが、本日は招かれざる客はやって来ない。否、やって来られるはずがなかった。なぜなら、昨夜部屋の扉に万全のセキュリティーシステムを設けたからである。彼女の知識と経験上、コンピューターやマシーンのことならある程度頭に入っていた。その知識と経験を駆使し、愛用の工具といくつかの材料を用いて、扉を万全な仕様に改造したのだ。さすがに、爆弾やダイナマイトなどの爆発物を使用されたとしたら扉は木っ端微塵にはなるのだが、あいにくそんなバカげたことを試すような隊員はヴァリアーには存在しない、はずである。そんな万全な仕様の扉を開くためには、二通りの方法があった。十桁の数字を正しく入力する、または内側から指紋認証をするという方法だ。たとえ偶然にでも十桁の数字を正しく入力出来たのだとしても、部屋から出るためには彼女の協力が必要になる。つまり、彼女が長期不在する際、偶然にも部屋に入ってしまえば、そこから出ることは不可能。まさに、彼女の部屋は侵入者の牢獄に等しいものだった。











 ゲームの進行に一息ついた頃、振動して着信を伝える音楽を奏でる白い携帯端末にメルディは気づいた。程なくして彼女は通話ボタンを押し、それから3メートルほどの距離を取った。理由は至極単純明快だっあり携帯端末の液晶画面に表示されていたのが、暗殺部隊一、バカでかい声を持つ人物の名前だったからである。案の定、端末からはけたたましい声が轟いた。

「ゔおぉぉい!! てめえ、勝手に変なモンを扉に設置してんじゃねえぞおおお!!」

「でも、良く出来てるでしょ、そのパスコードロック装置。私以外には絶対に開けられないはずだよ。制作時間は約四時間」

「ああ。短時間で作ったにしては良い仕上がり……そうじゃねええ!! 何をするにしてもまずは俺に申請しろおぉ!! 思いつきだけで行動すんじゃねえって、てめえに何度言ったらわかる!?」

「三回くらいかな」

「ふざけんてんじゃねぇぞおお!」

 携帯端末を彼が使用する意味など果たしてどこに存在するのだろうと、むしろ使用してはいけない人間なのではないかとすら彼女は思った。スクアーロの声は、携帯端末に通さなくとも扉の向こうから聞こえてきていた。恐らく、扉一枚の隔てた所に彼がいるのだろう。もしいなければ、彼の声の大きさの恐ろしいことこのうえないだけだ。ならば、通話を切ったとしてもたいして状況は変わりはしないだろう。ただ、通話を切るタイミングを誤ってしまえば、鼓膜が大きなダメージを受けるに違いないため、迂闊に携帯端末には近づけはしなかった。今やこの白い携帯端末はただの連絡ツールではなく、メルディの耳の崩壊を企てる凶器と化していた。

「あああああああ!! 」

 メルディは勇気を振り絞ってスクアーロには劣るが彼女なりの防御策である大声を出し、携帯端末の通話を切った。直後、おどろおどろしい怒鳴り声が彼女の耳を直接殴りつけたのは言うまでもない。
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