空席の隣人

□仕事内容が引きこもってゲームをすることなわけがない
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 ここは、独立暗殺部隊ヴァリアーの本部である古城の、ある殺風景な廊下。そこでは、実年齢とはかなりのギャップがある小さな赤ん坊姿のマーモンが朝食を摂るために食堂へと一人移動していた。

「おい、マーモン」

 マーモンは自分の名を呼ぶアルトテノールの声を捉え、体ごとその声の方へ向けた。すると案の定、そこには一人の少年がいた。少年の頭にはプラチナであしらったティアラが乗っていて、前髪は自らの視線を隠すように伸び切っている。独特かつ特徴の塊の彼の名前はベルフェゴール。彼も独立暗殺部隊ヴァリアーの一員であり、弱冠十六歳にしてヴァリアー幹部の一角を担っている。

「何か用かい?」

 ベルフェゴールは問いかけに無言で頷いた。

「相談あんの。オレ、朝一にメルディのとこに遊びに行ったんだけどさ、昨日にはなかったはずのパスコードを入力する機械が扉に設置してあったんだよね。なんか、数字を十五桁も打ち込まなきゃいけないみたいなんだよ。……なんで扉にそんなの付けたんだと思う? そもそもアイツ、王子にパスコードを教え忘れてるなんてバカなんじゃね?」

 マーモンはベルフェゴールの長い話、もといくだらない相談に思わず呆れてため息を吐くと、彼に包み隠さず思ったことをそのまま述べる。マーモンは相談の途中その扉のパスコードを訊かれるのだと思っていたのだが、その機械を設置した理由についてを相談されたために拍子抜けだった。

「ベル、普通セキュリティシステムっていうのはね、好き勝手に他人に干渉してほしくないから付けるんだよ。彼女だってそうさ。プライベートにはあまり干渉してもらいたくないんだよ、ファミリーである僕たちにもね。……ところで、君は最後に彼女に何をしたんだい? そして、彼女はそのとき何をしてたの?」

 ベルフェゴールは数秒何かを考えるような仕草をすると、にんまりと口角を上げて笑ってみせた。

「買ってきた服一式を着せるためにアイツのスウェットを剥いだんだっけか。そんときは確か……アイツ、ゲームしてたんじゃなかったっけ。サバイバルのさ」

 ベルフェゴールが自らが買ってきた衣服を着せるために彼女のスウェットを剥いだということも重要視すべき問題なのだが、それよりも何よりも当時彼女がしていたことが大問題なのだ。

 ゲーム。それは彼女にとってのライフワークだ。たかがゲームと侮るなかれ。彼女はそれがあるから生きていると言っても過言ではない、とマーモンは認識している。彼女にとってのゲームとは、生物に必要な呼吸や水と同等の関係にある。それを邪魔するなどとは言語道断とまではいかないが、とにかく彼女にとってはとても大切で重要なものなのだ。それを邪魔してしまったベルフェゴールが彼女の部屋への入室禁止の罰受けるのは当然だろう。だが、誰の許可もなしに扉にセキュリティーシステムを設けるのは彼女のやり過ぎだ。あとで作戦隊長に報告しようとマーモンは一人考える。そして何よりも謎なのは、いつ彼女はそのセキュリティーシステムを入手し、扉に設けたかということだ。セキュリティーシステム専門のメカニックに頼まなければ、それを入手すること自体出来ないはずだとマーモンは思案するが、よくよく思い返してみると外部との接触はあまり好まないという彼女の性格を思い返した。それに、事件は昨日起こったということで、あまり時間をかけない方法を取ったということも考慮する。マーモンがぐるぐると頭を働かせる最中、まるでパズルのピースがはまるように突如不可解な謎が解けた。彼女の隠し持っていたヴァリアークオリティでやり遂げたのだ、と。マーモンは少し感心しながら、三ヶ月ほど前に見た彼女の後ろ姿を思い起こした。

「君、あの子に嫌われてもおかしくないと思うよ」

「なんでだよ。意味わかんねー」

「こっちのセリフだ」
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