空席の隣人

□苦悩はあらゆる期待の元
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「副隊長が爆弾を送ってきたのはきっと、私が監視カメラに細工したから。それ以外には思いつかない」

 炭酸水を飲みながら、メルディは唐突に言った。ウイスキーは、飲み始めてからもう二本目だった。彼女は、XANXUSが考えていた以上に酒豪だった。頬に一切の赤みを帯びさせず、言動もシラフとまったく変わらない。一つ違う点を挙げるとすると、口数が増えたくらいだろう。彼女と今日初めて会話をした、というか初めて対面したXANXUSにはわかるわけがないが。

「細工か」

 そう、細工、とメルディは繰り返し言い、ウイスキーと氷をマドラーでかき混ぜる。氷とマドラーがぶつかる音が少し気に入っていた。行ったことのないおしゃれなバーを連想させるような気がしたからだ。

「副隊長は、自分のパソコンだけに監視カメラの映像が映るように設定してました。でも、私はそれを自分のパソコンだけで見れるように、簡単に言えば映像を横取りしたんですよ。彼の方のパソコンには、何の変哲もない風景が映るようにしときましたが。まあ、隊員が一人も映らなかったから不審に思っただろうけど。……そこら辺を私がちゃんと考えてたら、爆弾も送られてこなかったし、あの人はここを辞めずに済んだのかも。まあ、私の言葉不足が一番悪いです」

 メルディはデスクに寄りかかり、ウイスキーをミネラルウォーターのように煽る。その様子はもうやけ酒と言った方が正しかった。彼女の言う『あの人』とは、例の爆発事件のときに怪我を負った医療班隊員のこと。彼は、メルディが自室の前の廊下で送り主不明の異様に重く、切手がべたべたと貼ってある箱の内部を小型X線装置で透視していたところを丁度通りかかったのだ。良心、または親切心から手伝いを申し出た彼は、彼女と共に小型X線装置で箱の中身を覗いた。透視した結果、箱の中身は爆弾だった。それも、開けた途端に爆発するタイプのもの。爆弾の質量、コードの配置、爆薬の量からして、製造は素人の仕業ではなかった。

「悔やんでも、仕方がないってわかってますけど、でもやっぱり、巻き込んでしまったことを直接謝りたかった。彼がヴァリアーを辞めてしまう前に。辞めた理由って言うのも、爆弾が爆発したときに起こった爆風で吹き飛んで頭を打った後遺症のせいで、どちらか片方の足に麻痺が残ったから、らしいですけど。今はどこかで穏やかに暮らしてるんだろうけど…………顔とか身体的特徴覚えてなくて、捜しようがないのがなんとも。聞いても、誰も答えてくれないし」

 爆弾が爆発したのは箱を開けてしまったからではない。もっとも、郵便爆弾のメカニズムをメルディは機会があって知っていたし、それについての知識が皆無の医療班隊員にもわかるように彼女が説明したのだから開けるはずがない。それでも爆弾が爆発したのは、医療班隊員の行動にあった。その行動は軽率、不審なものなどでなく日常的に良くあるごく普通の動作だった。爆発に巻き込まれたのはただの不運だとしか言いようがなかった。本来、爆弾を処理するときはサスペンスドラマやミステリー小説にあるように、青と赤の二色のリード線のどちらか一方を切るのではない。爆弾の全体に液体窒素をかけるのだ。その話を彼女から聞いた彼が、処理班にいち早く液体窒素を持ってきてもらおうと焦って電話をかけた数秒後、爆弾が爆発した。爆発は電波による起爆装置の誤作動だったことが処理班の事後捜査によって発覚し、送り主については情報機関局がスクアーロの命の下、秘密裏に確たる証拠を押さえた。

「スクアーロはもっと、私に罰を与えてくれても良かったんじゃないんですかね。たった三ヶ月間タダ働きするだけなんて軽過ぎる。私は、人一人の将来奪ったのに」

 メルディはこれで何本目かになるかもわからない炭酸水を飲み干し、空になったペットボトルを両手で握り締め、自分の不甲斐なさへの怒りを露わにする。その他に、侮しさもあるのかもしれない。

「俺に言っても仕方ねぇ。組織ってのは誰かが責任を取り、周りへの見せしめのために罰を受けて成り立つ。当時、この組織を仕切っていたのはカス鮫であって俺じゃねぇ。ヤツが直々に決めたのなら、その程度の罰が妥当だった。それだけの話だ。人一人の将来奪ったぐらいでガタガタ抜かすな。お前は、ここをどこだと思ってる」

 XANXUSはまた、彼女のグラスにウイスキーを注ぐ。先ほどから彼女ばかりがそれを飲んでいた。二本目に入った頃から彼のグラスの中身は一向に減らずに氷が溶けていく。XANXUSは目を細め、その様子を黙って見ていた。
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