空席の隣人

□一つの塵はいくつもの山を生む
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 朝から血圧が上がりっぱなしーー本人にしてみれば正常ーーのスクアーロは敵対勢力の情報が書かれた紙と、メルディに半ば強引に押し付けられた3つのゴミ袋を抱え、中庭近くにある焼却炉へと向かっていた。その姿だけを見れば、ゴミ出しをしているおば様とさほど変わりはない。もしそのような言葉を誰かが口走ったのだとしたら、彼の肘や膝がその鳩尾に埋まるだろうが。

 とにかく今、スクアーロの虫の居所は悪かった。










「朝っぱらからご機嫌ナナメでご立腹過ぎね?」

 スクアーロをそうやって茶化したのはベルフェゴールだった。いつもは朝に弱い彼が、この早朝にすでに目を覚まし、ましてや着替えを済ませているというのは奇跡に近い。そしてまた、彼も同じようになぜかご機嫌ナナメでご立腹だった。

「オレ、目が冴え渡っちゃってもう眠れないんだけどさー。……お前、どう責任取ってくれるわけ?」

「知るわきゃねーだろ」

 ベルフェゴールがこんな朝早くから起きている理由。それは、スクアーロがメルディの部屋の前で叫んだからである。彼の叫び声はヴァリアー城全土に響き渡っていて、それに叩き起こされたベルフェゴールは二度寝を図ったのだがなかなか眠れず、ついには眠ることすら億劫になり、ベッドから体を起こすことにしたのである。叫び声はスクアーロだということはわかっていたため、ベルフェゴールは今まで彼を探し歩いていた。

「ちょっと、王子の相手してくんない? 朝のストレッチだと思ってさ」

 そう言って、自身のジャケットからおしゃれなナイフを三本取り出して指の合間に挟むベルフェゴール。彼はスクアーロと戦闘する気は満々だ。だが、スクアーロはくだらないと言うように息を吐き捨てた。

「俺は用事が山ほどあって忙しいンだ。またガキのお守りなんてしてられっか」

「オレ、もうガキじゃねーし。……ん? 何それ、ゴミ?」

 ベルフェゴールが目を付けたのは、スクアーロの持つ3つの袋である。もちろんそれらはメルディの部屋から出たゴミが入った単なるゴミ袋なのだが、彼はその場にいなかったのだから知る由もない。

「見りゃわかんだろ。それがどうしたぁ?」

「んー、別に。なんかメルディがよく食べてるアイスのカップとか、スナック菓子の袋とか入ってるなって思ってさ」

「確かに、これはメルディの部屋にあったゴミだ。……よく見てんなぁ」

「ハァ? 誰がアイツなんか見るかよ。誰だってフツーにわかるっての。……つーかお前、のらりくらりとして何考えてるかわかんないアイツに見事にパシられてンじゃん。 ダッサイことこの上ねーな」

 ベルフェゴールは都合が悪かったのか何なのか、スクアーロがメルディのパシリにされていることに話をすり替えた。スクアーロは「うるせぇ」とベルフェゴールを一蹴し、廊下の角を曲がって行ってしまった。ここにいてベルフェゴールと話をしていても、ゴミ袋も仕事も片付くわけでもない。ゆえに、何の意味もないという結論を出したのだ。

「あーあ、つまんねーの」

 1人残されたベルフェゴールは、スクアーロと対戦するために取り出したものの、使用出来なかったナイフを廊下の突き当たりの壁に投げつけた。イライラムカムカの不完全燃焼。スクアーロにガキ扱いをされ、からかわれたーー本人にはまったくその気はないーー憂さ晴らし。そのどちらでも、ベルフェゴールが壁に向かってナイフを投げつけた理由には通じるのだろう。また、メルディとスクアーロの自分の知らぬ間に築かれた絆、もしくは関係への不快感のためかもしれない。

「ムカつく」

 ベルは気に食わなかった。スクアーロなら部屋を追い出されないこと、掃除を任せられるほど、メルディが彼を信頼していることを。
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