空席の隣人

□一つの塵はいくつもの山を生む
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 扉を連打するけたたましい音のせいで、メルディは目を覚ました。遠慮をまるで知らないノックの仕方に覚えがある。誰であるかを確信しながら、ふらふらとした足取りでパスコードロック装置の指紋の認証をしてその扉を開け放つ。その瞬間、何かを顔面に叩きつけられた。メルディは己の顔面に叩きつけられたものを手に取って寝ぼけ眼で見てみると、文字の書かれた紙だった。頭を軽く上げて正面を見ると、紙を顔面に叩きつけたことを、さも気にしていないような顔持ちのスクアーロが立っていた。

「ゔおぉい。メルディ、仕事だぁ」

「内線使いなよ。なんでわざわざ来て、顔面に叩きつけるの? もしかして、暇? 遊ぶ?」

「遊ぶわけねぇだろ! てめえがいつも寝ぼけた顔してっから、目ェ覚ましてやろうかと思って来たんだぁ!」

「今、起きたから。それに、スクアーロの声聞いたら誰だろうと起きずにはいられないと思うよ。だって、うるさいから」

「てめえにはちょうど良いくらいだろーが。…………ん? ……ちょっと、上がらせてもらう」

「あ、待って! ダメダメダメ!」

 メルディの制止の声も聞かず、しかも邪魔とでも言うようにご丁寧に押してから、スクアーロは不機嫌そうに眉根を寄せながら彼女の寝室に押し入った。スクアーロは、部屋の中を一通り見回してため息を吐いた。メルディの部屋は、彼が前に来たときよりも汚くなっていた。特に酷いのは床の上。そこには中身を飲み干されたらしきペットボトル、紙カップ、スナック菓子のビニール製の袋などが散乱していたのである。スクアーロが怒るのを忘れて呆れるのも無理はない。何も言わずに部屋の端の方にある空のゴミ箱を掴み取り、手当たり次第に床や机の上にあるゴミを放り投げていった。

「あー、その……。なんで散らかってるって分かった? 勘?」

「勘、っていうよりかは臭いだ。それより、昔は出来てたはずだが? どうしてこうなっちまった!?」

「今と昔は比べるものじゃないよ」

「バカヤロウ!」











「かあさん、みたい」

 自分が散らかした部屋を同僚であるスクアーロが片付けるのを見て、メルディはふと思ったままのことを呟いた。スクアーロはこめかみの血管をぴくぴくと動かしながら、ゴミ箱を片手にしたまま彼女の方へ顔だけ向けた。彼はジャッポーネの般若の面のような顔をしているのだが、手に持っているものがゴミ箱なだけに恐怖はない。

「うるせぇ! 片付けねぇでそこらに置く、というより投げ捨てておくてめえが悪りぃンだろぉ!? それにここはてめえの部屋なんだぁ、ちっとは手伝え!」

「別に悪い意味で言ったわけじゃない。ただ、かあさんみたいだと思っただけ。かあさんがもしもここにいたらこうしてたかも、って」

 そう言って穏やかに微笑むメルディを見てスクアーロは話すことを止め、未だに床や机の上に散らかるゴミを拾い続けた。メルディもスクアーロの遠く離れた方でしゃがんで自分の手の届く範囲のゴミを拾う。そしてある程度溜まると、それらを抱えて彼の持つゴミ箱に放り込んでいった。

 かあさん。その単語を呟いただけで無表情から一転、緩く微笑んだ彼女。その人はメルディにとってどのような存在であるか、スクアーロには具体的なことはわからない。ただ、彼女はその人に一切の悪意などないのはわかる。微笑み。それが悪意のないことがわかる紛れもない証拠だ。ただ、何と言い表せば良いのだろう。彼女のそれはマザーコンプレックス、とは言い表し難い。強いて言うのなら母親への依存。その言葉が、彼女が今置かれている状況に良く似合った。なぜそうなったのか、生き別れになったこと以外に詳しいことはわからない。わからないし、あえて知りたくもないが、彼はその点だけが少し気味悪く、紆余曲折したあげくにギクシャクしてしまったような違和感を感じてしまっていた。知り合ってからしばらくの年月が経つが、スクアーロはその点については深く聞いたことがなかった。聞けば、最後までその面倒を見てやらねばならない気がしてならなかったのだ。
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