空席の隣人

□新しい友人とはゲームを通じて仲良くなれます
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 メルディは空にしたばかりのペットボトルを潰して床に投げ捨て、騒がしい声が聞こえなくなってしばらく経つパソコンのキーボードに手を伸ばす。流れるような手さばきでキーを叩くと、とあるマフィア刑務所の膨大な囚人記録などがディスプレイの一面に現れた。膨大な囚人記録などをわかりやすく整理してみると七人の囚人が、しかも死刑執行が目下に迫っていた死刑囚たちが徒党を組んで脱獄したことがわかった。赤い太字の『WANTED』の文字が、七人の囚人の画像の上に表示されている。彼らは看守、そして囚人をご丁寧にも全員殺してから脱獄したようだった。脱獄囚たちの名はケン・ジョウシマ、チクサ・カキモト、エム・エム、バーズ、ヂヂ、ジジ、ムクロ・ロクドウというらしい。ジャポネーゼ的名が多々あるのが気になった。もう少し詳しく見ようとハッキングを続けてみると、とある箇所がつい最近改ざんされたことが発覚した。水が砂に浸透するように、正式なデータが現れたのだ。改変されていたのは、彼ら二人の画像だけだった。ムクロ・ロクドウという囚人の画像がランチアという人物の写真に差し替えられ、ムクロ・ロクドウの情報が削除されていたのである。ムクロ・ロクドウもランチアも両方存在しているのだが、何者かがそれを良しとせずに画像の差し替えを試みたのだろうとメルディは推理する。ランチアという人物については、北イタリア最強の用心棒で自分の所属していたファミリーを裏切り、全員残らず惨殺したという事件で小耳に挟んだことがある。

「本当、マフィアの世界って物騒」

 メルディはそう呟くと、カーソルを右上のバツ印に合わせ、右のクリックを弱い力で押す。この刑務所の囚人記録には、侵入した痕跡を消す価値はない。ムクロ・ロクドウとランチアの写真を差し替えたという痕跡すら消せないのなら、自分が囚人のデータに介入したのを探る技術もないと確信したのだ。それ以前に、その刑務所に関与していた者はあの七人、否、八人の残忍な脱獄囚たちに消されるに決まっている。そもそも、残酷な殺戮劇が繰り広げられた刑務所の囚人記録に、誰が進んで関与すると思うのだ。そんな奴はきっと、変わり者や物好き以外の何者でもない。そう、メルディは判断したのだ。

 それから、そもそもなぜこの記録をメルディが見ようと考えたかというと、しばらく前にボンゴレ本部がジャッポーネに使いを送ったことをネットワーク上の風の噂で知って、探りを入れていたからだった。

 ジャッポーネ。
 聞くところによると、初代ドンボンゴレが渡ったとされる、曰く付きの国だ。











 つい先ほど刑務所の囚人記録に侵入するというとんでもないことをした割に、メルディはだいぶ落ち着いていた。日頃のゲームによる心臓耐久訓練のおかげだった。ゾンビに慣れれば死体にも慣れられるだろう、という短絡的な理由から始めたゲームだが、暇つぶしには持ってこいであるために意外と長く続けられていた。楽しさすら覚え始めている。彼女は両腕を天井へ伸ばし、眠そうに大きなあくびをした。いくらゲームを長時間するとは言っても、画面を見続けるのは普通の人と同じように疲れてしまうのだ。ブルーライト軽減用眼鏡をかけるべきだったかと軽く後悔したが、まあ、いいか、と彼女は心の中で適当に呟き、ベッドルームへと足を運ぶ。ゲームをする気にもなれないため、いつもよりも早く寝てしまおうと考えたのだ。特に見たい番組もない。ゲームもない。本もない。出来ることも何もない。そして、恋しいあの人の手がかりもない。そんな退屈な時間を過ごすのなら、寝てしまった方が何倍も良い。しかし、どうしたら見つけられるのか、いつになったら足取りを、手がかりを見つけられるのかも何年も目処が立たない。底知れぬ不安と焦りでメルディの頬が濡れる。もしかしたら、という最悪の事態を想像してしまい、彼女は部屋の中で嗚咽を漏らす。投げかけたい問いすら、声に出せそうになかった。

 かあさん、どこにいるの。
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