空席の隣人

□体力がないなら乗り物を作ればいいじゃない
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 扉に設置されたパスコードロック装置に十五桁の数字を入力しながら、メルディは深い息を吐く。彼女が吐いた深い息は、たった一時間のうちに蓄積された疲労からだった。常日頃から部屋にこもりっ放しのメルディとしてはキックボードを一時間漕ぎ続けるのは辛い、しんどい、疲れたの三要素に尽きる。乗り始めたばかりの頃は、後ろに乗っていたベルフェゴールもキックボードを漕いでいた。しかし彼は、途中で飽きてしまったのか面倒くさくなったのか、それともその両方の理由なのか、漕ぐのをメルディに任せてしまったのだ。それから、オプションとしてつけたはずモーターが、なぜかあまり機能しなかったのも気分が重い原因だった。

「いちいちめんどくさくね?」

 ベルフェゴールから投げかけられた質問に、メルディは首を横に振る。そもそもメルディは並大抵のことがないと部屋の外に出ることはないため、扉自体に頻繁に触れることはない。つまり、一昨日設置したパスコードロック装置も、メルディ自身はあまり触れないことになる。むしろ注意するため、任務を与えるためにやって来るスクアーロや、構い倒しにやって来るベルフェゴールの方がメルディよりもパスコードロック装置に触れる機会が遥かに多いと予想される。

「あっても、別に困らないから」

「オレが困るんだって。いちいち入るときに入力しなきゃなんねーじゃん。まったく、めんどくせーな」

「じゃあ、ノックしてよ。用事によっては開けるかわからないけど」

「そこは何が何でも絶対に開けるとか言えよ。てか、いっつもノックはしてンだけどさ、お前、大抵ヘッドフォンかなんかしてて気づかねーんだよ」

「あ、それはごめん」

 普段から比較的大きいとは言えない声のボリュームを下げ、扉を開こうとした手で空を切ったメルディ。申し訳なさげに見えたベルフェゴールは、バツが悪そうに後頭部を力いっぱい掻く。それでも彼女の表情は変わらずに曇ったままなのは、考え事をしているからにほかならない。数時間ほど前にメルディの左の腕を火傷させてしまったときもそうだったのだが、ベルフェゴールは彼女にどのような言葉をかければ良いか、あまりわからなかった。火傷の際はメルディが気にしていなかったため、最終的に気の利いた言葉をかける必要はなかったが、今はそうではない、と彼は思い込んでいる。

「別にいいんだけどさ」

 ベルフェゴールがやっとのことで絞り出せたのは、そんな短い言葉だけだった。メルディが「そう」と、ベルフェゴールの目の前で顔をほんの少し綻ばせたように見えたのは、モーターの改善すべき決定的なポイントを思いついただけである。それでも、己の心音が突然早まったことをベルフェゴールはただただ気のせいだ、と押し殺し無視した。それでもメルディから目が離せなかった。メルディはまだ、そのことに気がついていなかった。今後装着予定のスクリーンの大きさだとか、アクセル、ブレーキの役割を果たすボタンを足元につけてみよう、だとかを考えていたからだった。ベルのフォローについては「この子もこういう気遣いが出来る子なのか」ぐらいにしかメルディは思っていなかった。
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