空席の隣人

□苦悩はあらゆる期待の元
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 メルディがXANXUSの執務室に足を踏み入れたのは、今日が初めてだった。彼が八年間不在だったからと、執務室が城の最上階にあるからだ。そのため、わざわざ長い階段を上ってまで主人が不在の執務室を見ようなど、体力が著しく乏しいメルディは一度も思わなかったのだ。最上高級品かアンティークかは彼女に判別し難いが、高いことだけはわかるデスクやチェアなどの基本的な家具。そんな家具に囲まれても当然のようにくつろげるのだから、生まれが良く裕福な人間は困る。それでも、礼儀正しければ問題ないとは言い難い。遠回しに金銭感覚の違いを突きつけられているような気がした。執務室は使用人たちがいつも欠かさず掃除しているのか、塵や埃が一切見受けられなくて別世界に近かった。私の部屋は知らない間にゴミで埋もれていくのにこれだから御曹司は。とメルディは思うが、部屋が散らかるのはどう考えても自業自得である。
 しかし、彼女はそんなくだらないことを考えていなければ、気がどうかしてしまいそうだった。

「これは『iTell』っていうタッチパネルタイプのテレフォンです。まあ、詳しく言えばパソコンが小さくなった感じのやつ。それを三倍大きくしたのが『iTell due』。あ、それは『iTell』ですってば。dueはそっち! ……『小さい』? そりゃあ『iTell due』に比べればね、三倍なんで。ちなみに『iTell due』はテレフォンと同じように会話やメールのやり取りが出来るし、パソコンみたいにゲーム出来たり単語を調べられたりします。でも、通話は不可。あ、パソコンって知って……ますよねごめんなさい。ここにあるしね……。それからこれは『レンバ』。二年くらい前? に発売されたロボットクリーナー。電源入れれば自動的に掃除して、勝手に自分で充電してくれるから特に操作はいらないやつ。ゴミセンサーが付いてて落ちてるゴミに反応するから、ある程度部屋を綺麗に保てます。私は持ってないけど。……え? 『部屋を歩けば後ろをついてくる』? じゃあ、あなたがゴミとして『レンバ』のゴミセンサーに認識されて……いや、私を睨まないでください、怖いから。睨むなら『レンバ』を睨んで。私があなたをゴミとして認識してるわけじゃないので。あなたはゴミじゃないです全然。ボスですよ、みんなのボス! レヴィさんが話してましたよ。『俺が敬愛するのはXANXUS様だけだ』、ってめちゃくちゃキメ顔で。 ……え? 『きめえ』はレヴィさんがあまりにも可哀想ですよ。ひどい。あと、ゴミ扱いしてるのはあくまでも『レンバ』だか……あぁ! なんで壊すんですか、もったいないなぁ……。……欲しい。……え? 『寄ってきてうぜえ』? やめましょうよ、そんな理由で破壊と殺戮を繰り返すのは。平和にいきましょ、平和にーーーーって、あああ! ごめんなさい! 私が悪かったです! やめてやめて大事なの、それ! そんなことするなら返してよ!」

 なんでこうなった。それがメルディの心を占め、渦巻くワードだった。スクアーロが執務室から退散したあと、口火を切ったのはもちろんXANXUSだ。メルディとしては自分についてを問いただされるのだと思っていた。しかし、実際は違った。彼女は過去八年の間に開発、発売、改良された電気機器という電気機器の正式名称と使用方法を片っ端から説明させられていたのだ。わけがわからない。この人は長い間機械に触れられないように監禁されていたのだろうか、と思いながらも目を合わせるのも畏れ多くて怯えていた。だが段々XANXUSの機械への怪訝な態度を見ていると、電気機器の扱いに疎い老人に教えているような気分になり、意外に淡々と説明を続けてられていた。自分の『iTell』を握りつぶされそうになるまでの話ではあるのだが。

 メルディは機械に関わること、何かを設計して作ることは得意中の得意だが、こうして表立って人にひけらかすのは初だった。これほどまで饒舌に好きなことを説明したのはいつ以来だろう。いや、初めてだ。楽しい。これほどまで心踊り胸躍るのはいつぶりだろうか。とメルディが嬉々として説明を続ける傍らで、XANXUSはどうでも良さそうな顔をして彼女の『iTell』を触っていた。そして、スクアーロがビール瓶で殴られている動画を発見し、鼻先で笑った。

「それ、かなりバイオレンスですが最高でしたよ。そちらに送りましょうか?」

「必要ねえ」

「あ、そうですか」

 XANXUSが誤タップしたことにより、画面は動画から端末内で一番初めの画像に切り替わる。そして彼は目を見開いた。ボブカットの銀髪の男が、眉根を寄せてソファーで眠っている姿が映っていたからだった。











「肉」

 XANXUSは突如その単語を言った。肉。つまり食べ物だ。それは容易に理解出来る。しかし、単語だけ言われて即座に対応出来るほどメルディは優秀ではない。そのため、「え、」と訊き返す彼女を、XANXUSは殺気を孕んだ目で睨みつけた。

「肉だ、肉。今どきのチビには、言葉すら通じねぇのか」

 意味をやっと理解したメルディは言葉を返す前に走り出した。彼のため、ではあるのだが自身の身の安全のためにも。早く立ち去らないと大怪我するぞと脳から危険信号が発信された気がした。
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