ほん 2
□厳格
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慌てずにゆっくり登る度に、ぎし、と階段は鳴る。その音を聞きながら、深呼吸をして、血塗れな彼の姿を思い浮かべる。
帰ったら彼がいることを確認して、直ぐに手当をしなければならない。
きっと彼は怒りはしないものの、私を試す。そんな彼を私は抱きしめる。
ある程度、シミュレーションをたてるとドアを開ける。
出かけた時と何一つ変わっていなくて、救急箱を持ってリビングにいった。
「…ありさ、おかえり」
「ただいま。…前川くん、おいで」
思っていた通り、彼は血塗れになっていた。
前川くんは、私の言うことに従い、腰に回された。傷は手首だけのようだが、深くまで切っているのか、腰に生温いものが染みていた。
「前川くん、手当するから一旦離して」
「…」
手当を丁寧に素早く終わらすと、彼は私を抱きしめた。
私も抱きしめ返すと、彼は私の耳を甘噛みした。
「ねえ」
低くて、甘い彼の声に私は何も考えられなくなる。
「ありさは、小鳥遊のことどう思ってるの」
「どう、って…別にどうでもいい」
「本当に?」
ねちっこい喋り方はどこに行ったのか。
彼は気づいていないのだろうか。
「正直、前川くんと堂々といれるのは羨ましいとは、思うけど…」
私と前川くんが付き合っていることは誰も知らない。
それは私が言うな、と頼んだから。もし誰かが知ったら、女子の妬み僻みを受けるからだ。
前川くんは言いたいと駄々をこねたが、私がお願いをするのが嬉しかったのか、聞き入れてくれた。
「そっかあ…だからぁ、やっぱり言っちゃおうよ?俺、ありさと一緒にいたいし。カモフラージュのために女といるのも嫌だしさぁ」
抱きしめる腕を解き、私の頬を撫で、再びねちっこい喋り方になる彼に私は笑う。
「そうだね、私も…私も、前川くんが誰かといるのつらい」
「うん。それに…俺がずぅっとそばにいるからね」
前川くんは楽しそうに笑って、キスをする。
「…ありさ、ありさ愛してるよ」
「…私も、愛してる結城」
2人きりの部屋で、キスをする。誰も知らずに、私たちは秘密で大胆にも抱き合った。
結城のどろりとした瞳は、私を捕らえて離さなかった。
ゆっくりと押され、2人の呼吸が聞こえる。
「ありさ…」
切なそうな声に私は思わず、結城を抱きしめた。
子供をあやすように、背中を一定のリズムで優しく叩いた。
「…結城、私はいなくならないからね」