短編集

□裏切れない人がいるんでね
1ページ/3ページ

『くれぐれも無茶はしてくれるな。無傷で帰って来い』

『リリー、頼んだ』

『アハハ、二人とも心配しすぎだって。私を誰だと思ってんの? 大丈夫大丈夫。いつも見たいにのらりくらりとかわすさ』




一週間前に交わした言葉とともに信頼する二人の仲間の笑顔がフラッシュバックした。



「あぁ、やばいなぁ。実にやばい」



現在、私は仕事でドジって追われてたりする。


あぁ、ちょっと余裕ぶっこきすぎたかなー、なんて頭の隅で苦笑いしながら走る。


ごめん、無理かもしんない。



「まぁだ、逃げるんだ。すっごいねぇ、人間(ヒューマー)のくせに粘り強い」
「おほめに預かり光栄ですッ!」


まさか潜入先に血界の眷属がいるなんて聞いてない。

それも、長老級(エルダークラス)。


くそ、クラウス達が来るまで時間稼ぎをしないと。



「天川流桜美式土神楽の舞!(あまのがわりゅうおうみしきつちかぐらのまい)」

走りながら壁に手を滑らし手袋と靴に仕込んだギミックを通して土の刃を血界の眷属に向けて放つ。

が、それも簡単に受けられ、回復していた。



はぁ、体力の限界ってやつがそろそろくる。

年だけは取りたくないもんだ。


「そろそろ鬼ごっこも終わりにしようか」


血界の眷属が放ってきた攻撃により足を貫かれた。
これじゃあもう走れないな。

支えを失って走ってきた勢いそのまま廊下に倒れこむ。


「く、……」


血界の眷属は余裕綽々で歩いてこちらに近づいてくる。


「天川流桜美式崩岩!(くずれいわ)」


手をついた地点から土が沸き起こり土砂となって血界の眷属を襲う。

が、それを簡単に払いのけられる。

そのまま私の腹部に深々と相手が作り出した槍が突き刺さる。


強すぎだろ。


焦りが心の中を占める。

なんでか乾いた笑いがこみあげてきた。


「は、ハハハ。ここまでかよ」
「そうでもないかもよ」
「というと? いやなことしか浮かんでこないんだけど」
「転化しろ。僕とともに来い」


有無を言わさない威圧が私を襲い、呼吸がうまくできなくなる。


準戦闘員で戦うのは専門外の私だが、情報収集員として頑張ってきたつもりである。

修羅場だっていくつも乗り越えてきた。


でも、レベルが違う。

今までのは修羅場だったのかと問いたくなるくらいに今回のはやばい。

あと何分でクラウスたちが着くかはわからないがそのころには………。


「何を迷っている? 仲間のことなら心配いらないぞ。どうせ全員死ぬんだから」
「あー、そ。で、なんで私なのかな」
「まず、美しい。そして筋がいい。成長次第では僕と並んで強くなれる。転化すれば、ね」



そんな筋が私にあると思わないけど、どうする。


いや!

なんで迷ってんだよ私!



『リリーさん、一緒に昼ご飯いきませんか?』


神々の義眼を持つ新入りの可愛い後輩、レオ。


『何やってんすか、ちょっと貸してください。俺のほうが早いっすから』


金と女にだらしない度し難い屑だけど根はやさしい、ザップ。


『リリーさん、こんど一緒に飲みに行きましょう』


ちょっと整理整頓が苦手だけど誰よりも仲良しな、チェイン。


『ねえ、今度家に遊びに来なさいよ。うちのも会いたがってんのよ』


頼りになる同僚で家族思いの、K・K。



『リリーさん、紅茶はいかがですか』


クラウスの執事さんでいつも気が利く、ギルベルトさん。



『はは、今度一緒にワインでも飲みに行こう』


優男で誰よりもクラウスのことを信頼しているよき理解者、スティーブン。


そして、



『リリー、一緒に花を植えないか? いや、最近ふさぎ込んでいるようだったから』


誰よりもやさしく、誰よりも強い我らがボス、クラウス。



みんなの顔が頭をよぎった。

あ、これって走馬灯っていうんじゃ。


まぁ、そんなことはいい。
死ぬときは死ぬ。

それでも、せめてクラウスたちの役に立てるように。


「誘いは、うれしいん、だけど、生憎、裏切れない、人が、いるんで、ね。天川流、暁鬼式、紅桜……!(あかつきおにしきべにざくら)」


私の血が直接日本刀の形をとり、血界の眷属の四肢を貫いて拘束する。


「は、こんなのすぐに回復して………な、に?」
「ハハ、今頃、気づいた? 私の、血は、アンタ達、血界の、眷属用に、特化した、特別品、よ。命は、奪えなくても、時間稼ぎ、に、なら、なる」


そして、聞こえていた。

聞きなれた車のエンジン音が。



ドカァン!!


「ブレングリード流血闘術、押して参る」
「待って、たよ、ボス」


それからはあっという間だった。

クラウスは血界の眷属をソッコーで密封し、私を抱き上げた。


「すまない。無理をさせた」
「あ、ハハ。何、言って、んの、無茶くらい、みんな、してるでしょ」
「リリーさん! ……! ひどいケガだ。早く病院に」
「大、丈夫、だよ、これくらい」
「もう喋るな。ギルベルトさん、至急病院に」
「かしこまりました」


あぁ、みんな心配させちゃったな。

後でお詫びしないと。


お詫びは何にしよう。

スティーブンにはサブウェイのなんか買ってあげよう。
クラウスには、珍しい花の種でも上げようかな。
K・Kには……何がいいかな。
ザップとレオにはお昼おごってあげなくちゃね。
ギルベルトさんには高い茶葉でも買おうかな。
チェインには………スティーブンの写真でいっか。


アハハ、忙しそうだね。


そう思いながら眠りに落ちた。


眼を開けたとき一番最初に目に入るのは誰だろう。

――――がいいなぁ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ