Novel

□Beauty and the Beast
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●●が目を覚ますと、そこは暖炉がパチパチと音を立てて温かく、豪華な調度品に囲まれた広いベッドの上だった。

「ここは…?っッ」

起き上がろうとするけれど、激しい痛みが身体を襲う。そっと毛布を避けると、衣服は清潔なシャツ一枚に着替えさせられており、剥きだしの足には包帯が巻かれ手当てが施されている。あちこちに出来た傷にも薬や布が丁寧に施されていた。

「誰かが助けてくれたの…かな。あの、黒い獣は一体…」

そう呟いた途端、ギィと音を立てて開いたドアからカラカラとワゴンが動いてくる。
視線をやってもそこには誰もいない。

「ゆ、ユウレイっ!?」

●●は思わず毛布を掴み逃げようとして、ベッドから転がり落ちそうになった。

「ひどい怪我なんですよ。急に動かないほうがいいです」
「温かい茶でも飲め」

「え…」

その声は、くるくる勝手に回るティーカップと、そしてポットから聴こえる。よくよく覗き込むと、白いティーカップは付いている可愛らしい顔を赤らめ、ピンク色に変色しながら慌てて後ずさる。

「わ…あんまり見ないで下さい。恥ずかしいです。僕こんな姿だし」
「おいトワ。慌ててるとぶつけて割れちまうぞ」

「てぃ、ティーカップとポットに、か、顔がある…ししししゃべってる〜っ!!!!」

「あっ!驚かないで!っていうか驚くのが普通だけど。変な者じゃないです僕たち」
「ま、想像した通りの反応だな」
「驚かないでって方が無理じゃないかな」
さらに後ろから置時計までも喋りながら近づいてくる。
●●は寝惚けているのかと目を何度も擦ったけれど、『家財道具が喋っている』という目の前の現実は変わりそうにない。

「ったくお前ら。イキナリ話しかけんなって言っただろ。コイツ頭のんびりしてそーだし絶対処理追いついてねえって顔だぞ。腰抜かしてんぞ」
サイドテーブルに乗っていた燭台までもが、ガラ悪そうに話しはじめている。

「こらハヤテ。客人がしばらくぶりだからって礼節を忘れちゃいけないよ。私達はこの城に仕える身だ。失礼、名乗るのが先だね。私はソウシ。置時計の姿をしているけれど、れっきとした執事だ。よろしくね。口の悪い燭台は給仕頭のハヤテ。ポットは料理長ナギでティーカップは見習いのトワだ」
置時計が優しげな微笑みを浮かべて全員を紹介する。
●●は頭がノンビリと言われたのはムッとしたけれど、夢でない事は傷の傷みから理解したつもりだった。

「よ、宜しくお願いします。あの、私を助けてくださったのは皆さん…ですか?」

狼の群れに襲われたのは覚えている。
それから巨大な黒い獣に木の上まで咥えられて運ばれて木から落ちて、そこから――意識がない。

訊ねれば皆言いにくそうに視線を泳がせたが、しばし訪れた沈黙を、
「とりあえず茶を飲んで落着け。傷に良く効く鎮静効果もあるハーブティーだ」
凛々しい顔をしたポットが遮った。
森で採れるあの薬草の香りが鼻腔をくすぐる。

「有難うございます。いただきます」
勧められるがままに豪華なカップに注がれたお温かいハーブティーを一口流し込む。
その仕草を見留めてから、置時計のソウシは口を開いた。

「貴女は昨夜この城のドアの前に血だらけで倒れていたのです。傷の為か発熱もありました。私は医者でもあるので傷を診ましたが、着替えさせたのは女性の召使ですのでご心配なさらず。訳あって私達はこんな姿になっていますが貴女に危害を加えたりする者ではありませんからご安心を。傷は深手のようですから、どうかゆっくり休養なさってください」

「助けていただいてありがとうございました。私は弟を探しに森に入ったのです。ですから申し出には感謝しますがすぐにヤマトを探しにいかないと!…っつ!」

「まだ無理はなさらず」
置時計が厳しい医者の顔になる。

「弟?」
眉を寄せて聞き返したのは、凛々しい顔をしたポットのナギだ。

「はい。仕事で出かけていた弟が帰って来ず、愛馬だけが怪我をして村に戻って来ました。だから弟の所へ案内してもらっていた最中だったのです。そこで狼の群れに襲われて…シャロットも心配だし、ヤマト…あ、弟の名前なんですが、もし危険な目にあっていたらと思うと、こうして寝ているわけにはいかないんです」

「ははっ!そりゃとっくに両方とも狼に食われてるんじゃね?あの森は狼の巣窟だからな。やつら数ばっか増えてやがるし腹減ってっだろーしな」
燭台のハヤテが笑いながら言うと、●●はキッと睨む。

「無事なはずです!弟は森に慣れているし狼だって…だから何か事故にあったとしか…!」

「んなこといっても、お前が行ったって何が出来るってんだよ。怪我人だし女だろ?」

「なっ…!女だから何だっていうんですか?何も出来ないなんて思いません!大切な家族なんです!」

●●が口調を強めて言いきると、ふふっとソウシは笑う。

「な、何かおかしいですか?!」

「ううん。ちょっと無謀だけど元気もあって素敵な子だなと思ってね」

「え?!」

「お前の負けだ。ハヤテ」

ナギはポットの取っ手で燭台を小突いた。

「負けって何だよ、ナギ兄」

不服そうにハヤテはロウを膨らます。

「ハヤテさん。レディを怒らせるような事を言って失礼ですよ」

ティーカップのトワも飛び跳ねて怒る。


「ったく、仕方ねえな!やみくもに探しても見つからねえだろ。この森は広いんだからな」

ハヤテはサイドテーブルから絨毯の敷き詰められた床へと華麗に飛び降りた。

「じゃあどうしたら…」

「この城には何でも映す鏡がある。それを見れば弟がどこにいるかわかるだろ」

ハヤテの言葉に何故か全員がゴクリと唾を呑んだように見えた。

「ただしその鏡は、この城の主が持っている」
言いにくそうにソウシが続けた。

「あ!」

●●はハッとしてベッドから飛び起きる。

「助けてもらったのに、お城の主人様にご挨拶もしてないなんて私ったら!」

「いや。まーウチの主はなぁ…」

ハヤテが言葉を濁した。

「まぁな」

ナギも歯切れが悪い様子で呟く。

「あの、うちの城の主は塔のテッペンに居て、いつも部屋に鍵をかけてるんです」

トワが溜息まじりに言った。

「え?主なのに?」

「繊細なんだよね」

ソウシは苦笑いした。

「繊細っつーかアレは捻くれて引きこもってるだけだろ」

ハヤテが付け足す。


主人様に対してそれは、と●●は心で思ったのがハヤテに気付かれたのか、

「俺は先代王妃や王様は尊敬してンだけど、今の主はなぁ。根暗っつーかさ」

「こらハヤテ。主人の印象を悪くするんじゃない。彼女がもしかしてその人かもしれないんだぞ」

ソウシさんが窘める。

「その人って、何の事ですか?」

●●が訊ねたが、

「ま、いいじゃねえか。腹減ってないか?弟探すのにも体力いるだろ。メシ持ってくる」

「僕手伝います」

ナギとトワは器用に陶器の身体を飛び跳ねさせて揃って出て行った。


「貴女を介抱することは主には伝えてありますが、我が城主は決まった時間しか面会できません。…丁度もうすぐ正午です。もし動けるようでしたらご案内します」

「はい!お願いします」

こうして●●は置時計の執事に連れられて塔の階段を登って行った。



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