Novel

□Beauty and the Beast
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昔々、遠い国の美しいお城に王子様が住んでいました。王子様は両親と召使達にとても大事にされ、産まれた時から欲しいものは何でも手に入る環境で育ちました。

けれどそんな幸せは彼が17になった時、母が病に倒れ、あっという間にこの世を去ったことで全て崩れ去りました。
この国の王族は代々不思議な魔力をもつウタで国力を支えていました。母は国一番のウタい手でした。王子も継手としてウタう事を教わっていましたが、何度ウタえど母のような力は持てませんでした。

王妃が亡くなる直前、王である父は他国へと旅立ちました。命が消えかけている母の側に居て欲しいと王子は父に願いましたが、聞き入れられないまま王は母と王子を残して出てゆきました。ある者はウタい手がいなくなった国を早々に見捨てたのだと言い、ある者は国の為に打開策を求めに自ら出立したのだと諭しました。
王を探しに幾人もの騎士が旅立ちましたが、誰ひとりとして戻ってはきませんでした。

王子は母と自分を置いて出て行った父の行動を信じることができませんでした。たとえ国の為だとしても何故そんな判断が出来たのか。自分や父が王族でなかったのならと何度も思う程でした。
歪んで行く王子の心を写すように、美しかった国は穀物も実らなくなり、湧水も枯れるようになりました。緑豊かだった大地は毎日雪がしんしんと降り積もり、決して溶けない、人が住むには厳しい国へと変貌してゆきました。

自分にウタの素質は無く、せめて父さえいればこんなことにはならないのだと、王子は何度も思いました。自ら王を探しに行くことを考えましたが、王を失った今、もし王子まで失っては王族の血筋を守れない、と召使たちに必死に止められました。
変わり果てた国から去っていく民の数は増え、もはや国と言えない形のまま、美しい城と美しい王子だけはひっそりと彼らの血筋を讃える僅かな者たちによって守られていました。

王子様はすべてに強く失望し、誰も信じることができなくなり、氷のような美貌を貼りつかせ、いつしか自分と母を捨てた父を恨み、傲慢な性格へと次第に変わっていったのです。


ある冬の夜、酔っぱらった一人の男が城のドアを叩きました。船で世界中を旅していた男は、一本のバラの花を差し出しました。
男はそのバラを海原の果ての地で見つけた貴重なお宝だと言います。
男はバラの代わりに美味い酒と厳しい寒さをやり過ごすための宿を求めましたが、王子は自由に満ちた男の姿と己の差に嫉妬を覚え、たかがバラだと鼻であざ笑い、男を追い払おうとしました。

「お前に必要なのは、本物を知るってことだな」

顎髭を撫でた男はふっと笑いを浮かべ、あっけにとられている王子の胸元のポケットにバラを差し込みました。
すると途端に王子の姿が真っ黒な獣へと変身してしまいました。
王子の姿が変わったと同時に、王子に仕えていた召使たちも皆、家財道具へと変わってしまいました。


「そのバラの花びらがなくなるまでにお前が本当に愛され、愛することを知れば呪いはとけるだろう。知らなきゃ永遠にそのままだ」

ポトリと大理石の床に落ちた真紅のバラは、既にカウントダウンを始めたように花びらを一枚ひらひらと揺らしていました。

王子は必死で海賊だと名乗った男を追いましたが、降りしきる雪のなか、足跡すら残さず男は姿を消してしまいました。
四本足で立ちすくむ獣姿の王子の側に、召使達は心配そうに集まってきました。
ポット、ティーカップ、燭台、置時計。

「心配なさらずとも愛してくださる方が見つかれば元に戻れますよ」
置時計に姿を変えた執事がそっと王子を慰めましたが、

「野獣なんて愛する者はいない」

王子は吐き捨てるように言い、城に鍵を掛けて閉じこもってしまいました。

次第に人々の記憶からは美しい王族と城の姿が消え、まるで魔法が掛かったかのように、国一つが丸ごと歴史から姿を消し、降り積もる雪の中に隠されてしまいました。











***



7年後――
とある小さな村にて。

「真珠ちゃん!弟君はまだ帰ってこないようだな!一人で寂しいだろうがオレの嫁になれば問題ないぞ。さあ今からでも結婚式をあげようじゃないか!」

「あの、貴方と結婚する予定はありません」

「なにっ?!この金持ちでイケメンのロイ様の求婚を断る女がいるとは信じられん!オレがこの村に滞在するのは数日だけの予定だったが、こうして真珠ちゃんに一目ぼれして2週間口説き続けてるってのに!どうかイエスと言ってオレについてきてくれ」

「すみません。何度も言いますが貴方とは一緒に行けません」

「それは弟君がいるからか!?」

「それもありますし、結婚は出来ません」

「クソっ。なら…そうだ!オレがこの小さな村に住んでやっても良い。真珠ちゃんと離れるのは耐え難いからな。ショボい村だが仕方あるまい。ついでに弟君くらい面倒みてやってもいいぞ?オレは甲斐性のある男、ロイ様だ」

「それもお断りします」

「なにっ!?信じられん…!」

「あの、急いでるので失礼します」

気障ったらしくポーズをとるロイを避け、●●は着こんだコートの前をキュッと寄せて村の外へと急いだ。


●●と三つ年下の弟ヤマトが他国からこの雪降り積もる国へ移住したのはちょうど7年前。
両親を亡くし、金持ちの家へ別々に奴隷として売り飛ばされそうだった所を、二人で手を取り合って国境を越え、命からがら逃げおおせたのだった。
王族を失い、民を失い、衰弱の一途をたどる国は働き手を欲しがっており、容易く幼い二人を受け入れてくれた。元々芸術を好む民が多く治安も良い国だった為、年中降り積もる雪と実りの悪い作物のことさえ目を瞑れば、この小さな村で弟と二人、貧しいながらも仕事を得て日々の糧を得、何とか幸せな暮らしを送ってきた。


そのヤマトはまだ少年と言える年だが、村の商人たちの旅に同行して仕事をしている。
そろそろ一行が戻ってくると今日村人から聞いた●●は心弾ませていた。
一行が家族に宛てた手紙の中に、ヤマトのものも加えてくれていた為、無事を知ることが出来た。
『約束の土産のバラは絶対持って帰るから楽しみにな!』と、そっけない文面からは旅が成功したことが読み取れた。お土産よりも無事で帰ってくることの方が嬉しいと●●は顔を綻ばせ、とびきり美味しい料理を用意しようと、一人きりだった家に家族の温もりが再び灯る時を待ちわびた。




***


「ちょっと門から遠くまで来ちゃったかな…」

夕刻、●●は村に一つしかない大門を出て、雪山で薬草を摘んでいた。

「これ、疲れや傷に良く効くんだけど、村で買うと凄く高いのよね…日が落ちてからしか摘めないのが難点だけど」

手元のバスケットには戻ってくる弟の為に雪を掻き分けて探しだした薬草が数本入っていた。

「もう少し欲しいけど、そろそろ戻らないと」

そう言って振り返った途端、ポタリと頭上から冷たいものが降ってくる。

「え?雪?雨?」

ボタリ、とまた一つ。

それは白い雪の上に赤くシミを作る。

「これ…まさか血!?」

慌てて上を見上げると、黒い大きな動物が木の枝に乗ったままぐったりと目を閉じていた。

「きゃっ!」

初めて見る大きさの獣に、●●は思わず悲鳴をあげ、口元を押さえた。

(オオカミ…じゃないよね。もっと大きいし、もっと毛がしなやかだわ。どうしてこんな村近くまで…)

大きな黒い毛の獣はパチと目を開き、●●に気付く。

グルルル、と獣が威嚇すると、●●は脚が竦んで動けなくなった。

(にげ、なきゃ…)

かなり高い木の枝から、ひょいとその獣は雪の上へ降りてきた。
●●の身体よりずっと大きく、2メートル近くはある。見慣れない種だが、肉食獣で間違いない。猫のような風貌で真っ黒の毛には僅かに模様が入っている。獰猛な牙を覗かせ、鋭い爪が雪にサクリと喰い込む。
獣は前足を一歩●●の方へ踏み出すが、グゥッ、と苦しげにその場に蹲った。
足に深く切れた傷が付いており、血が滲んでいる。さきほどの滴りはこの傷からだった。

「怪我…あ、ちょっと待って。これ…」

●●は薬草を取り出した。

「あの、私を食べるよりもコレを食べたほうが、その傷にも良いと思うんです。だからココに置きます、ね。えっと…」

薬草を雪の上に置いて後ずさろうとするが、雪に足を取られて転びそうになる。
獣は苦しげに息を吐きながら、薬草へと近づいた。そしてペロリと薬草を舐めた。

「私の言葉、わかるのかな…」

●●は幼い頃から不思議と動物の考えがわかる力を持っていた。何となく、意思の疎通が出来る、というか。その特殊な力がこんなところで発揮できたのは幸運といえる。
獣が●●を食べようとしていないことは感じ取れた。

(怪我をして苛立っていて威嚇しているけど、敵意を持たれているわけじゃないわ)

「その薬草、苦味があるけどクセになるっていうか、あ。スープにしたら美味しくてウチの弟も飲んでくれるんですけど。とにかく効き目は保障するので一気に食べてみてください」

グウ、と喉を鳴らして、獣は薬草を一つ飲み込んだ。

「ほんとに私の言葉がわかるのかな?あの、その傷…手当しても?」

獣は薬草をもう一つ口に入れると、プイと●●から視線を背け、足を引きずりながら立ち去ろうとする。

「あ、待って!えっとせめてこれを」

何故そうしたのか自分でもわからなかったが、●●はつけていた赤いマフラーを外し、その中に薬草を幾つか包む。そして去ろうとする黒い獣の前に置いた。
獣はじっと薬草を見たあと、マフラーごとくわえる。


「…あの、早く傷がよくなるといいですね」

黒い獣はウゥッと小さく唸って、木々の中へと消えて行った。


「た、食べられなくてよかったぁ。薬草、あと一本しかなくなっちゃったけど…綺麗で頭の良い子だったみたいだし、傷が早くよくなるといいのにな」

●●は獣が去っていた方をしばらく見つめてから、村へと帰る道を足早に歩いて行った。







***





手紙を受け取ってから三日。
どれだけ待ってもヤマトは帰って来なかった。
既に村に戻ってきた同行していた村人達に聞けば、ヤマトはバラを買ってから帰るからと隣町で別れたきりだという。
隣町からこの村まで、深い森を抜けることになるが馬を跳ばせば一日以内には着くはずだ。

(何かあったのかな…)
●●は、嫌な予感に騒ぐ胸を抑えながら小さな村のただ一つの門を今日も見つめていた。じきに日は暮れようとしていて、門番が一日の仕事を終えて鉄製のそれを閉じようとしている。
その時――
ヒヒーン!
茶色い馬が傷だらけで門を掛けてきた。

「シャロット!」
弟が愛でていた馬だ。●●は全身から冷たい汗が噴き出す。心臓がドクドクと波打っていた。
「シャロット!どうしたの?!ヤマトはどこ?!どうして怪我しているの?何故一人なの?!」
興奮した様子の馬を撫で、●●は懸命に訊ねた。だがシャロットはヒヒン、と鳴くだけだった。

「何かあったのね?」
シャロットは雌馬で、まだ子供っぽさの残るヤマトを支え、まるで息子のように尽くしてくれてている馬だった。
そのシャロットが血を滲ませ怪我をして、●●に懸命に何か訴えている。

「お願い!私をヤマトの所へ連れて行って!」
●●は慌ててシャロットに跨った。








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