Novel

□田舎娘とホスト
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「ホントに来てくれるとは思わなかったから嬉しいよ」
ノアは喜びを隠せない様子で二人連れの客を出迎えた。

質素な恰好をしていた田舎娘は一転、小綺麗なワンピースを身に着け、ぐっと女らしく見違えている。
これは磨けば光る素材かもしれない、と夜街のオーナーの気分でノアは独りごちた。
「船長が偵さ、ち、ちがっ…えっと、気分転換も大事だろうって許可貰ったので、お邪魔しました」
ふわりと微笑む姿に、ノアはやはり好感を持った。
妹なんていないが、もしいるとすればこういう感じなのだろうか、どうもこの娘には庇護欲というのを掻き立てられる、なんて思ってしまう程に。

「わー!素敵なインテリアのお店ですね!」
田舎娘と連れ立ってやってきたのは細身で背が高いボーイッシュな娘だった。オレンジのシンプルなロングワンピースを着ている。ショートカットの髪にはリボンが結ばれ、バッチリと化粧しているが、嫌味にならず美しい。

「トワと言います!よろしくおねがいしま〜す」
凄く好みだ、とノアは内心ガッツポーズをした。どこか品のある佇まいにハスキーな声、そして若干凛々しさを持った可愛らしい顔。

「オレはノア。よろしく。こういう店は初めて?」
ノアは名刺を渡しながら、さり気なくトワの肩を抱いた。

「えっと…そ、そうですねぇ!」
若干引きつった様子のトワに、普段は客に積極的にスキンシップを図らないノアだが、あまりに好みで浮かれすぎた。馴れ馴れしかったかと少し後悔して距離をあけた。

テーブルに付き、酒が飲めないという二人にノンアルコールの甘い飲み物を作る。
「これはオレからサービスだから」
さりげなくトワにウインクを送ってみるが、反応は薄かった。
ノアが接客を始めると、リアムが挨拶に来た。

「初めましてお嬢さん方。俺はリアム。宜しくな」
そう言ってスマートに名刺を手渡すと田舎娘の隣にどかっと腰を下ろした。

「ノアも隅に置けねーな。こんなに可愛い知り合いがいるなんて」
田舎娘の手を取り、顔を近づけて見つめる。
「ひゃっ…!」
怯えたように娘は手を引っ込めた。
「リアム。彼女たちは慣れてないからスキンシップはお手柔らかに頼む」
「初心な子は新鮮だな!ホストクラブは初めて?」

今日は指名客が入らず、ノアが客を呼んだことに少し不機嫌なのかリアムは忠告を聞かず田舎娘の方へと身体をグイッと近づける。
リアムは強引な接客をする性質だったが、何せ見た目はすこぶる良い。10人いれば7人は彼を美形だと言うだろう。その過剰な態度もある程度許されることを彼自身は知っていた。
しかし田舎娘はリアムにポーッとすることもなく、避けるようにトワの方へ体を引く。

「彼女に近づくの禁止ですよ」
まるでナイトのようにトワは田舎娘を引き寄せた。
そのキリッとした様子にノアはますます興味を惹かれる。

「それは悪かったな。ホスト慣れしてないってことはラムに来て間もないのか?クラブシリウスには行ったことあるか?」
リアムは突然シリウスの話を持ち出す。
田舎娘はビクッと反応した。
「いや。今日ね、街でシリウスのシンの同伴を見かけたんだけどさ、凄かったよ」
ノアがフォローするように付け足す。

「シン、さんの…?」
田舎娘は興味を持ったようにノアを見つめた。
もしかしてこの子、シンのファンなのか?
こんな純情そうな娘があんな色気の凶器のような男に引っかかったら一大事だ、とノアは内心慌てる。

「ちょっと一緒に歩くだけで金貨一枚ってアコギな商売してるよな」
リアムが嫌そうに言うと、意外にもトワが口をだす。
「シンさんは絶対勤務後に客付き合いはしないですからね。出勤前だったらって譲歩したら希望者が多すぎて、値段を上げたらさすがに居なくなるだろうって決まったのに、蓋を開けてみたら殺到してるっていう予想外の展開なんです!止めようとしたら反対署名が集まるって言う異常事態で」
「え?そうなのか?」
やたらと詳しいトワにノアは聞き返す。
「あ!…って聞きましたよ。だからシンさんもすすんでしてる訳じゃなくて!ってコトですよ…きっと」
トワは気遣わしげに田舎娘を見た。

「確かにシンは凄い不機嫌そうだったな。あんなので女の子達は満足できてるのかなって思ったけど」
ノアは思わず口にする。
「ふふ。シンさんって、ああいう接客じゃなかったらもっとお客さんも増えるかもしれないけど、さり気なく優しいし。それに意外と新鮮な接客なのかもしれませんよね。」
田舎娘は幸せそうに笑った。
「アンタ、シンについて貰った事あるのか?今は凄い人気だから指名も難しいそうだが」
「えっ!あ、そ、そうなんです。今はもう…指名しなくても大人気で、嬉しいけど寂しいなって…」
「オープン当初からの客なのか?!」
これは手遅れなヤツだ、とノアは頭を抱える。
純朴を絵に描いたような田舎娘は、只者ではなさそうなあの有名ホストに入れ込んでいるようだ。

「客の女がシンの水割りを作らされるって聞いたぜ」
マジか!とノアはシリウスを極度にライバル視するリアムからもたらされた情報に驚いた。

「作らされるっていうか、女性達は競うように作りたがるんですよね〜シンさんもお酒強いから全部飲んじゃうし」
トワは苦笑した。
まさかトワもシンのファンか!?とノアは焦る。

「ま、ハコブネの方が格式ある店だ。今は目新しい店に皆浮ついてるんだろうが、そのうち飽きるだろ。良かったらまた遊びにきてくれ」
リアムはそう言ってあっさりと席を立とうとした。

その時――

出入り口でガシャーンと何かが割れる音がして、見ると黒ずくめの厳つい男達が数人声を荒げていた。

「天下のハコブネもショボクなったもんだな!今月のアガリが全然足りてねーぞ」
「営業時間内はよしてくれと言っただろう!」
オーナーが必死に男達を宥めている。
「それにいきなりやってきて無茶な金額を要求されても無理だ!」
「そんなもの関係ねーな。ここはラムで一番儲けてた店だって聞いたから来たんだ。数週間前からラムは俺達のボスのナワバリになった。だから商売したけりゃ金を払いなってことだ」

夜街であるラムはずっとギャングのボスに支配されている。ところが最近、抗争が起こりトップが入れ替わったらしい。それによって無茶な取り立てが横行し、街の人々はいたるところで悲鳴を上げていた。
煌びやかな娯楽の街の裏側は酷く澱んだ世界だった。

「あいつら!オレの店に!」
リアムがオーナーの元へ飛び出していく。リアムはbPを張るだけあってハコブネへの意識が誰よりも高い。

ノアは咄嗟に田舎娘とトワを背に隠し、そっと呟いた。
「大丈夫。絶対客には手を出させないから。怖がらせてすまない…」
田舎娘はぐっと口元を引き結んだ。

トワは険しい顔で厳つい男達を睨む。
「彼らはシリウスにも来ましたよ。船長とナギさんにあっさり追い返されてましたけどね。だからきっと此処へ…」
シリウス?船長?ナギ?
ノアは首を傾げてトワを改めて見る。
やはりこの娘はシリウスの関係者か?やたら詳しい。
トワは田舎娘を引き寄せ、「僕が必ず守りますから安心してください」と囁いた。

キャーッと叫び声をあげて入口付近の客は出て行った。
「営業妨害だ!こんなことをされたら売上もあがらねえだろ!」
リアムは血気盛んに突っかかっていく。
「そこを何とかするのがお前らの仕事だろ?女の機嫌とって金稼いでるんだからよォ〜」
厳つい男はリアムのスーツの胸元に手をかけ、ぐいっと持ち上げた。
大男が力づくで持ち上げると、リアムの足が少し浮く。
「く、くるっ…」

どかッ

「いてえっ!」
リアムがどさりと床に落とされ、気付けば大男は足を抑えて蹲っていた。

「ったく。入口で騒いでんじゃねーよ。鬱陶しい」

そこにはクラブシリウスのホスト、シンが立っていた。






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