Novel

□田舎娘とホスト
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「ったく!何であんなポッと出のクラブがウケてるんだよ!裏で何か汚ねえ手を使ってるに違いねえ」
椅子を蹴り飛ばし、荒れに荒れているのはラム随一だったホストクラブ『clubHOKOBUNE』のナンバーワンのリアムだ。
だった、と過去形なのは件の『clubSIRIUS』に客をごっそりと持っていかれているからだった。

「お前がロクな客引き出来ねえからだぞ!」
リアムはノアの足を蹴飛ばす。
整った容姿と計算高さで老舗クラブの抱える数多いホストの中でのし上がってきたリアムだが、性格はすこぶる悪かった。
が、どこか悪い雰囲気の男に惹かれる女は多いワケで、リアムはラムの街の夜の女にモテる。
アンタが人気もってかれてるからだろ、と蹴飛ばされた足を一撫でして文句の一つも返したいノアだったが、そんな男より売上が下だという自分に僅かな惨めさを覚えて耐えた。
ノアはあっさりした顔とスリムな体型でそれなりに人気があったがハコブネでは三番手だ。一番に座すリアムに表立って反論することは出来ない。実力、ようするに人気、売上がこの夜街では全てだった。


オーナーに言われ、普段なら絶対にしないことだがリアム直々に街へ顔見世に出向くことになった。いわゆる『花魁道中』みたいなものだ。大通りをリアム中心に数人の見目良いホストで連れ立って歩けば目を引く。宣伝に丁度いい。
ノアはリアムの同行には嫌気がさしたが、それでも今迄自分を置いてくれたこの店にはそれなりに感謝と愛情を持っている。何より自分の生活もかかっている。店の売り上げが下降の一歩を辿ることだけは避けたかった。


厭な性格だがさすがナンバーワンだ、とノアはリアムをチラッと見る。
リアムは立っているだけで華があり、馴染の女客はすぐにこちらに寄ってきた。
「りあむ〜。久しぶり!店の外に来てるの珍しいね」
ケバい女が猫撫で声でリアムに擦り寄ってくる。
「お前が全然会いに来てくれねーからオレから会いにきたんだぜ」
「ほんとに〜?嬉しい!」
別人格かと思う程の甘さ全開なリアムの変貌ぶりにプロ意識を感じる。ノアは何だかんだでラムの人間だ。リアムを心底嫌いになれないのも、客を掴んで逃がそうとしない根性は尊敬している部分もあるからだった。

ふと先日見かけた田舎娘の姿が脳裏に浮かぶ。
あの娘もこのままラムに居れば、いつかこんなケバい女に変貌するのだろうか?そう思いつつ女をじっと見下ろす。
「ちょっとノア。ジロジロ見すぎ。なに?アタシに興味あるの?」
「え?あ、ああ…綺麗だなと思って」
爪が、と心で付け足しつつ、ノアは咄嗟に女のネイルに視線を移しつつ言う。
ノアはリアムほど口が上手くはないが、割と女心を掴む術には長けている方だ。無駄に機嫌を取ろうとしないからこそ、ノアのシンプルな接客は女心を掴んだ。女は上機嫌で笑う。
「そう。じゃあ今日は久々にハコブネで遊ぼうかしら。シリウスに行こうって誘われてたんだけど」
突然出たその単語にノアもリアムも反応した。
「シリウスか…」
ケバい女はうっとりした表情でシリウスの名を口にする。
「うふふ。りあむ達にとってはライバルだけど、今ラムで一番人気店よね。バーテンからドアマンまで全員凄く格好いいのよ〜。見たことある?」
ノアは素直に首を振り、リアムは僅かに舌打ちした。



その時――

「おい。真ん中に突っ立ってると邪魔だ」

背後から低い声が響く。
振り返ると、一人の男が立っていた。
白い肌に艶のある長めの黒髪。スラリと細身だが決して華奢ではなく背が高い。深い漆黒の瞳の反対側の目は眼帯が着けられていた。仕立ての良いスーツを完璧に着こなし、両脇には女が数人侍っている。

美人だ、とノアは思った。
男に対して美人とは殴られそうな気がしたが、率直にそう思ったのだから仕方ない。

「し、シン様…」
「え?」
先ほどまでリアムの腕に絡んでいたケバい女はパッと腕を離し、上擦った声で眼帯の男に近寄る。
「シン様!今からご出勤ですか?」
「…」
シンと呼ばれた男は返事もせず、近寄った女を一瞥した。
「ちょっと何よアンタ!馴れ馴れしいわよ。今は私達が同伴中なんだからね!」
「そうよ!こっちはようやく同伴権を手に入れたのよ!抜け駆けしないでよ!」
女達は益々シンを取り囲むように纏わりつく。

ノアは首を傾げた。
(同伴って一対一じゃないのか?何で集団なんだ)

ノアもリアムも訳が解らないという顔でいると、群がる女達に押し退けられたケバい女がそっと二人に告げる。
「シン様は絶対アフターが無いの。だからラムの街外れで待ち合わせして店まで一緒に歩くっていう同伴権争奪戦が繰り広げられるのよ。金貨一枚なんだけど、人気が出過ぎて予約待ちって聞いたわ」
「金貨一枚?!たった数分歩くだけだぞ?ふざけてるのか」
リアムが悔しげにシンを睨んだ。

「俺はこんな見世物みてーな事させられて、とてつもなく不機嫌なんだ。わかったらとっとと道を開けろ」
シンが心底不機嫌そうにリアムを睨み返すと、リアムはビクッと震える。視線を向けられなかったノアも思わず後ずさった。
(只のホストじゃない気がする…)
ノアの直感がそう言っている。
有り得ないくらい綺麗な顔をしているクセに、いや、だからこそ、その視線には凄みがあった。


「き、君たちもたった数分歩くだけでいいのか?!ウチの方がもっとサービスがいい」
リアムはシンの脇に侍る女達に声を掛けた。
「えー。だってシン様と数分歩けるだけで匂い嗅げるし〜」
「シン様の尊顔を間近で見れるし〜」
「そうそう!同じ空気を吸えるだけで金貨一枚って安いわよね!」
ノアは仰天した。
何だこいつらは…何の信者だ?!

「チッ。馬鹿かお前ら」
シンは女達の声に本気で嫌そうに呟く。
それだけで、キャアーもっと言ってください〜と女達が叫ぶ。
(罵倒されて顔を赤らめるとは頭がおかしい)
ノアはラムで初めて女が怖いと感じた。

「ったく…無駄な時間を食ったな。さっさと行くぞ」
シンはノア達の事は興味ないとでも言いたげに歩いて行った。その後をはーいと楽しげに返事をする女達がぞろぞろと続く。

「りあむ悪いわね、やっぱり今日はシリウスに行くわ…」
シンの後姿を眺めるケバい女は酔ったようにシンが歩いて行った方へ足を向けた。
「おい。さっきハコブネに来てくれるって言っただろ」
「りあむとは古い付き合いだけど、シン様に会っちゃったし!いい香りしたし〜!最近シン様はナンバーワンになる為にああやって営業もしてるらしいの。最初は全然相手にもしてくれなかったのにチャンスでしょ?」
何がチャンスなんだろうか、とノアは心の中で思った。客に本気にならないという夜街の流儀を骨の髄まで染み込ませた女達ですら、この思考にさせてしまうシンという男に対して、ノアは怖れを抱いた。

「つーか、アレでナンバーワンじゃないのか?クラブシリウスのナンバーワンって誰だよ」
ノアは思わず呟いた。
「シリウスのナンバーワンはソウシ様よ。容姿が素敵なのは勿論、優しくてちょっと天然だけどソコが可愛くて大人気なのよ」
「へえ…」
リアムが引きつる。
リアムの反応にノアも酷く同調できた。

あんな怖ろしい男達が集まっているクラブSIRIUSとはどんな所なのか、汗をかくような季節でもないのに、ノアのスーツと若い肌の間をツーッと冷たい雫が落ちて行った。









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